第6話 死と焼き豚
命令を受け、小銃を持ち直したミキとキクリは二人で指示された小屋まで走った。いちおう後方で残った分隊員たちが援護してくれるという話しにはなっているが、また小屋の敵兵が生きているとも限らない。それに他にも隠れている可能性だってある。
とにかく古兵のように死ぬのが嫌で、ミキは懸命に小屋まで走った。距離にすれば三百メートルほどだが、小銃を片手にしての全力疾走なので息が切れる。
小屋は上陸前の艦砲射撃によって半壊していた。そのため外部からでも容易に中の様子を窺う事が出来るが、逆を言えば中から外が一望出来るという事でもある。
小屋まで到着したミキとキクリはなるべく中から見えないように壁際にくっつき、僅かな間で息を整えた。それでもまだ身体は酸素を欲している。しかし今はゆっくり深呼吸などしていられない。
「手榴弾投げるわよ」
キクリが手榴弾を取り出し、ミキは頷く。
手榴弾の安全栓をキクリが抜いたのを合図にミキが小銃の
信管を
爆音。中から大小の様々な破片が粉になって飛び出してきたが、キクリは構わず窓から内部に小銃を向ける。その間にミキは半ば壊れている扉を蹴り開けて突入した。
見たところ一階に人はいない……というよりも砲撃によって落ちて来た天井によってほとんどが埋まっている。屋根はほぼ全壊しており、直接日光が入ってきているおかげで灯りがなくとも小屋の中は明るかった。
階段をゆっくりと進み、二階に上がる。
二階も一階同様にほとんど全壊状態であり、床すらも半分ほど抜け落ちていた。残っている場所も所々に大穴が空いており、うっかりすると踏み外しそうになる。
周囲を見渡し、床が抜けないように用心をしながら廊下を進んでいくと唯一扉の残っている部屋があった。
もし狙撃兵がいるのならば間違いなくこの部屋だ。キクリが援護してくれるというので、ミキはゆっくりと半開きだった扉を開けて中に入る。
いた。
慌てて発砲しそうになったが、済んでの事でとどまった。狙撃兵……だと思われる者は片膝を着き、外に銃を向けた姿勢のまま固まっている。
「銃を捨てろ」
反応はない。というよりもピクリとも動かない。
慎重に近付き、銃口で狙撃兵と思しきモノを小突くと崩れ落ちるように倒れたのでミキは思わず飛び上がりそうになった。
「やったみたい」
ミキが言うとキクリが外に手を振って分隊員たちに安全が確保出来た事を知らせる。
「大した腕ね」
死体を検分しながらキクリは言う。
「一発で額の真ん中撃ち抜いてる」
感心しているのか、呆れているのか解らないような口調だった。
改めてミキも死体を見てみると、驚いた事にミキよりも若い……というよりも幼い子どものような兵隊だ。やはり彼自身が撃ち抜いた古兵と同様、驚いたように目を見開いて死んでいる。
初めてミキは知った。
人間とは、こんなにもあっさりと死ぬものなのだ。
◇
ミキたちが受けた狙撃以外に敵の襲撃はなかった。どうやら例の狙撃兵は純粋な逃げ遅れだったらしい。持っている物といえば小銃のみで装備らしい装備は持っていなかった。弾薬すらロクになく、島の公国軍がどれだけ慌てて逃げたかを物語っている。
死体を放置するわけにもいかないので飛行場での捜索終了後に古兵と狙撃兵の火葬が行われた。古兵は丁寧に、狙撃兵は何となく燃やしたような雑な火葬である。
そしてそれが終わった頃には周囲はすでに真っ暗闇になっていた。
上陸第二日が終わろうとしているのである。
「いつまで立ってるんスか」
古兵が斃れた場所の近くで呆然と立っていたミキにアカツキが声を掛ける。
「うん」
心ここにあらずという状態でミキは小さく頷いた。
視線の先、古兵が斃れていた場所には未だ赤々と血の跡が残っている。
「豚、焼けたッスよ」
どうやらアカツキはそれを言いに来てくれたらしい。敵が置いていった飼育小屋の豚を調理していたのだ。
しかしミキは食欲がなかったので「いらない」と短く断った。
「食べた方が良いッスよ」
「食欲ない」
「いらないって言っても駄目ッス」
妙な言い回しに、ミキは初めて視線をアカツキに移した。
「食べないと後で絶対に後悔するッスから」
笑顔でそう言って、アカツキは半ば強引にミキの手を引いて分隊の宿営している所にまで連れて行く。
今晩は各隊が分散して飛行場の掘っ立て小屋に宿営しており、豚肉は発見者である第五中隊が独占していた。もっとも中隊は二百名前後の大所帯であるから豚肉独占といっても配られる肉は一人当たり一切れ程度である。
それでも前線では調理したばかりの豚肉などご馳走だ。
飯盒の蓋に置かれた焼き豚はパイン缶と醤油で味付けされており、おかわりが欲しくなるほど、憎たらしいほど美味しかった。
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