戦いの始まり

第3話 人の嫌がる軍隊に

 ミキが陸軍に入ったのは十六歳の時だ。

 鬼国陸軍では女子で入営出来る歳は十六歳からと定められているので、ミキは規定年齢に達した途端に志願した事になる。こう書くと愛国心と「やる気」に満ち溢れているようだが、その実態は「逃亡」であった。

 ミキはド田舎村のドン百姓の末娘である。

 昨今は不作や物価高の影響で生活に瀕している農家も多いと聞くが、幸いにしてミキの家は極貧という程ではなかった。

 それでも貧乏農家に変わりはないので年頃の娘を遊ばせておくような余裕はない。ミキ自身は高等女学校への進学を希望していたが、両親、特に父親はそんな事は許さずにミキの事を他所の家に嫁がせようと考えていた。

 これは特殊な考えではなく、ミキの住んでいるような田舎では至極一般的な考え方である。むしろ娘を進学させることの方が余ほど特殊だ。

 しかしミキは嫁入りなど真っ平御免であった。

 まだ青春を謳歌したい年頃であったし、何よりミキの村では亭主関白が基本である。世間では男女平等が進みつつあるとはいえ、嫁が亭主を置いて遊ぶなどという事など許される筈もない。嫁に行く、という事は即ち自由を失うという事と同義である。

 そのうえ嫁入り先の選定は親に権利があるので、ミキが誰かを選ぶなどという贅沢は許されない。好きでもなんでもない、下手すれば嫌いな奴の嫁になる可能性もあるのである。当たり前だがそんな結婚は絶対に嫌だった。

 しかし嫌だ嫌だと言っても親は嫁に行かせたいわけだし、社会に出る手段がない以上はミキにも拒否権はない。

 そこでミキが考えた「逃亡」方法が入営であった。

 軍国主義の強いヨモツ国では兵隊である事は名誉である事とされている。徴兵で嫌々引っ張られる男が万歳で見送られるわけであるから、娘が自らの意志で「軍隊に行きたい」と公言すれば嫌とは言えない。

 そしてミキは学校の教師を経由して軍に志願する旨を両親に伝えた。こうすれば第三者がミキの志願を知るわけなので親は尚更駄目とは言えない。ド田舎村では世間体もかなり大事なのだ。

 こうしてミキは陸軍に志願し、首尾よく入営したのである。

 そしてその考えが莫迦だったと気付いたのは入営してから直ぐの事であった。

 教班長や古兵たちが優しかったのは軍服に袖を通すまで。あとはひたすら殴る、蹴る、しごかれる、罵倒されるの毎日であり、自由などは夢のまた夢の話し。巷では「徴兵懲役一字の違い」なんて言われているが、まさに「堀のない刑務所」であった。

 しかしそんな所でも「住めば都」とでも言うのだろうか。

 入営してから一年。知り合ったアカツキを始めとする戦友たちとは仲良くやっているし、喧しかった二年兵せんぱいたちが満期除隊してからは兵営生活もずっと楽になった。なんだったらこのまま軍に残ってしまっても良いかな? などと莫迦な考えも頭にチラつきつつあった時である。

 戦争が起きた。

 予てより緊張状態にあった「マーガレット公国」とその宗主国「エルフィンシア王国」が突如としてドウメキ島に上陸したのだ。

 ドウメキ島は何処の国にも属していない無人島である。世界中央大陸の北西、大内海と呼ばれる地域に浮ぶ孤島だ。

 そのドウメキ島で詳しくは知らないが海底資源だか何かが出たという。そしてその調査のためにマーガレット公国は調査部隊を上陸させたのだ。

 そこまでだったなら戦争にまで発展しなかっただろう。だがあろう事か公国は島に飛行場まで建設し始めた。それも軍用機が何機も運用できる規模の物である。

 連絡機用という主張ではあったが、もしこの飛行場が完成すれば一時間程度で航空機が鬼国上空に飛来できるようになる。当然ながら鬼国としてはそれだけは何としても阻止しなければならなかった。

 このドウメキ島飛行場問題を鬼国は同じく反感を持つ同盟諸国と協同して政治的解決を目指したが、しかしマーガレット公国の後ろ盾であるエルフィンシア王国は世界ナンバーワンの国力を持つ超大国である。交渉の席には全く座ろうとせず、周辺諸国の反対意見を無視してドウメキ島の飛行場建設を続行した。

 こうなるともはや外交的な解決は不可能である。

 多数の同盟諸国援助の下、遂に鬼国は軍事的手段を用いてドウメキ島問題を解決する事に決定した。

 そして鬼国政府はドウメキ島に展開しているマーガレット公国の警備隊ならびに飛行場設営隊を武力を持って放逐する事を軍に命令。軍は万が一のために備えていた部隊をドウメキ島に急派した。

 そしてその派遣されたのが、どういうわけだかミキのいる歩兵第四六三連隊を主力とした独立混成第四四旅団だったわけである。

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