第8話 お別れです、劉豫州!

 龐統が率いてきた兵は、右往左往している。

 当たり前だ。指揮する者が逃げた上、流れ矢に当たって死んだのだから。

 とりあえずぼくたちは馬から下り、龐統のなきがらを抱き起こした。

 ついてきた騎兵にぼくは命ずる。

「軍師のなきがらを持っていけ」

 騎兵が尋ねる。

「どこへゆけばよろしいので」

 それもそうだ。

 ぼくは暁雲を見た。

 暁雲は笑って、目だけでうなずく。

 ぼくは、ふーっと息を吐いた。

 城に目をやる。

「劉」の旗が見えた。

 もうじき日が暮れる。城攻めも今日の分は終わるだろう。

 ぼくは大声で言った。

「あの、劉の旗が見えるか。あそこへ向かう」

「本隊に合流するのですね」

 さっきの騎兵が確認する。

 ぼくはうなずいた。

「そうだ」

「龐軍師のなきがらをお乗せしました」

 もう一人の騎兵が自分の馬に龐統のなきがらを乗せていた。

 ぼくは、龐統の部隊に告げた。

「駆けるぞ」

「おうッ」

 兵たちは答えてくれた。

 ぼくは父上の姿を思い浮かべた。

 長坂坡の戦いで隣で駆けたことを思い出す。

 父上のようにできるか?

 いや、父上のようにでなくていい。

 ぼくはぼくだ。

 ぼくはすーっと息を吸う。

 声を出した。

「進軍!」


「劉」の旗と、「張」の旗が入り乱れている。

「張」の旗――きっと、張任だ。

 劉備はどこにいるかわからない。

 ――今、やるべきことは何だ?

 ぼくは駆けながら考えた。

 雒を落とすことが、一番大きな目的だ。

 けれど目の前では、劉備たちと張任が戦っている。

 ――劉備側の兵としてやるべきことは、張任を止めることだ。

 隣を見る。

 暁雲が駆けている。

 後ろを見る。

 騎兵も歩兵もついてきてくれている。

 ぼくは、決めた。

 倚天の剣を抜く。叫んだ。

「斬り込めッ」

 ずらっ、と、剣を鞘から抜く音が一斉にした。

「張」の旗を持つ兵に向かって突っ込む。

 相手は不意をつかれたようだった。ぼくたちが攻めると、面白いように倒れた。

「劉」の旗が勢いづいたのがぼくにもはっきりとわかる。一斉に城壁に向かって走った。

「張」の旗が一本、また一本と、目の前から消える。

 ぼくたちは「張」の旗を踏んづけて城壁へ急いだ。

 そして、城壁の扉が――開けられた。

 整然と居並んだ将兵がいる。

 先頭にいる武将は、甲冑や戦袍が明らかに他の兵よりもきれいだった。

 城を守っていた、劉璋の子劉循だろう。

 兵たちが動きを止めた。

 後ろから静かに、ゆっくりと、進み出てきた人馬の集団がいる。

「劉」の旗の下にいた将兵が拱手した。

 ぼくもそれにならう。暁雲はぼくより前に両手を拱手の形にしていた。

 劉備だった。

 馬上の彼は、ぼくたちに物まねをして見せた彼ではなかった。

 ぼくは直接帝に拝謁したことはない。

 けれどももし、帝を直接目にしたのなら、きっと帝はこんな風なのではないかと、思った。

 思わず背筋が伸びるんだ。この人の前では自分のもてる限りの誠実さを出さなければならないという気になる。

 劉備の後ろに、縄を打たれた武将が一人、馬上に揺れていた。

 冑を取っている。いや、取らされたのだろう。髷があらわだ。

 悔しそうに、歯を食い縛っている。

 彼が張任なのだろう、きっと。

 合図があった。

 ぼくたちは、城に入った。


 劉備はぼくたちを呼び寄せた。

 さっき見たのとは違う彼だった。目尻を下げて笑っている。

「大変良くできました」

 劉備は言った。

「おまえさんが突っ込んでくれて、流れが変わったよ。ありがとな」

 ぼくは真っ赤になって拱手し、深く一礼した。

 劉備は暁雲にも笑顔を向けた。

「よく飛将を支えてくれたな。おまえさんが隣にいてくれたから、こいつは頑張れたのだぜ」

「過分なお言葉、恐縮に存じます」

 暁雲はこういう時、すらっとちょうどいい言葉が出る。ぼくもこうありたい。

 よく見ると劉備は泥だらけの汗まみれだ。髪もぼさぼさで、甲冑もずれたまま。

 劉備が真剣な顔つきになった。

「さてと。張任と話をしてくるか」

 ぼくたちの目を、まっすぐに見る。

「おまえさんたちも来てくれ」

 ぼくと暁雲は、すぐさま拱手した。


 劉備は、縄打たれてひざまずかされた張任の前に歩み出た。

 ここは城の、一番大きな邸の中の、一番広い部屋。城主がいつもは政務に当たり、戦の時は軍議に使うところだ。

 ぼくたちは劉備のすぐあとについて入った。

 劉備は張任に歩み寄り、彼を見下ろした。

「なあ、張任」

 ぼくは耳を疑った。

 まるでぼくたちに話しかけるような調子で、彼は張任に語りかけ始めたからだ。

 劉備は張任のすぐ前に膝をつく。

「おまえさん、よく戦ったよな」

 見えるのは、広くて丸い背中だけだ。

「よく守ったよ。おれは、攻めきれなかった。季玉どのも、おまえさんだから、この城を預けたんだろう」

 いったん言葉を切る。

 張り詰めた間があり、劉備は静かに言った。

「おれの仲間にならないか」

 また、間。

 それも、長い。

 張任が口をひらいた。

 落ち着いた口調で、彼は言った。

「お断り申し上げる」

 劉備の声音も、静かだ。

「やっぱりか」

 張任は、はっきりと言った。

「二君に仕えることはいたさぬ」

 劉備は、長い間、黙っていた。

 ようやく彼が発した言葉が、これだった。

「わかったよ」

 その声は、優しく、しんみりとしていた。

 そして、立ち上がった。

 ぼくはまた、背筋が伸びた。

 劉備の体から、あたりを払う風が一瞬、吹き出したように感じたからだ。

 暁雲も背筋を伸ばしている。

 立ち並ぶ武将も、顔つきが引き締まる。

 劉備はおごそかに命じた。

「この者の首を刎ねよ」

 張任の首は、雒にさらされた。

 それからまもなくして、早馬が飛び込んできた。

 兵は息急き切って劉備の前に駆け込んだ。

 おびえきった目と口調で叫ぶ。

「馬超が、馬超が、進軍してきます!」

 ぼくと暁雲は思わず顔を見合わせた。

 なんで馬超が来たんだ?



 馬超は、西涼へ帰ったのではなかったのか?

 ぼくたちや韓遂に追い払われたはず……だよね?

 劉備は早馬で来た兵に、落ち着いた声で尋ねる。

「どちらの方角から来たのだ」

「北東からです」

 暁雲がぼくに耳打ちする。

「漢中の方角から来ている」

 ということは、馬超は漢中を通ってきた、あるいは、漢中にいたということになるのか?

 劉備は続けて聞く。

「数はどのくらいだ」

「およそ五千」

 これは、劉備に加勢できる数だし、劉備と戦える数でもある。

 またそれは、劉璋にも加勢できるし、劉璋とも戦える数でもあるということもできるのだ。

 劉備は早馬の兵を下がらせた。

 三人だけになると、劉備はぼくたちを振り返った。

 暁雲を見る。

 目を細めて、笑う。

「さあ、ここからはおまえさんの腕の見せどころだぞ、暁雲。馬超が漢中の方角から来たのはなぜだと思う?」

 暁雲はすぐに答えた。

「張魯のもとに身を寄せていたからです」

「おれもそう思う。もし領地から来るのなら、西からやって来るはずだからな。では二つ目。馬超は何のために向かってる?」

「劉璋を救援するためです」

「だよな。おれもそうだと思う。では最後に、おまえさんたちの去り時はいつだ?」

「今です」

 ――ああ、やっぱり。

 ぼくの肩はがっくりと下がる。

 下を見る。胸の中がまるでお湯が沸くみたいに、ぐらぐらいっている。

 目頭が熱い。

 劉備。

 ほんとうに、大きな男だった。

 体つきもそうだけど、人を受け入れる器が、とてつもなく大きくて、深い。

 加えて、おのれがなすべき役割というか役柄を心得ている。

 それに、あの、雒に入城する時の姿。

 彼はもともと漢の帝の血筋だ。その血筋に生まれても、あんなふうな、思わず見る人の背筋を伸ばさせ、思わずひれ伏そうと思わせるような、そう、言ってみれば「風」を、体からあたり一面に吹き渡らせるようなことは、誰にでもできることではない。

 そしてそれは、孟徳のおじ上には、絶対にできないことだ。

 孟徳のおじ上だって、家柄は決して悪くない。劉備と同じくらい、人を受け入れる器も広いとぼくは思う。

 血筋は、違う。それは、わかる。

 おじ上の父上は、宦官の養子になった。

 宦官のせいで、漢は、腐った。そう言われるし、そうした事実もある。

 けれど、そのことと、おじ上がどんな人なのかは、別だとぼくは思う。

 では、おじ上と劉備、決定的に違うことは何か。

 おじ上は、漢を、変えたい。

 ぼくたちにいつも言う。

 ――我々は漢の臣下だ。漢を立て直せるのは、我々だけなのだ。

 劉備は、漢を、続けたい。

 彼を見ていてわかった。劉備は、何の疑いもなく、漢を信じている。

 どちらも正しい。

 そして、どちらも、覚悟を決めている。

 ぼくがなぜ、孟徳のおじ上が好きか。

 おじ上は、人一倍、努力しているからだ。

 そしてぼくも人一倍、努力しているからだ。

 ではなぜ、ぼくが劉備のもとを去るのがこんなに寂しいか。

「おい、どうした、飛将」

 劉備がのぞき込んでいる。ぼくは顔を上げた。

 なんと、涙が、こぼれた。

 なぜ、去るのがこんなに寂しいか――。

 ぼくは、涙声で言った。

「と、殿の、そばにいると、ずっと、こ、これからも、殿と、一緒に、いたいと、思、思います……」

 これが、理由だ。

 劉備は、がはははと笑った。

「よせやい。曹さんとこの方が絶対にいいぜ。血縁なんだろ? 出世できるし、いいお嫁さんだって世話してもらえるし、何より安泰だ。俺んとこは寄せ集め、次どうなるかわからねえ」

「は、はい……」

「暁雲」

 劉備は笑顔だ。

「これからはおまえさんが実力を見せる番だぜ。飛将と、曹さんのもとに帰るんだ。今がその時だぜ。おまえさんの活躍、見て、ほめてやれないけど、ごめんな」

「ご厚情、忘れません」

 暁雲も目に涙をためている。

「おれ、張魯に書状を書くよ。使えると思うぜ。持って行きな。餞別がわりだ」

 言って劉備は卓に向かい、さらさらと書き上げた。

 筒に入れ、暁雲に手渡す。

 受け取った暁雲の手を、両手でしっかりと包んだ。

「いい顔になったな」

 暁雲が目を見ひらく。

「曹さんそっくりだったのが、『暁雲』の顔になってきた」

 劉備が暁雲を抱きしめた。そしてぼくも。

「おれにもこんな息子がいたらなあ!」

 ぼくたちは、劉備を抱きしめた。

 大きな声で、言った。

「お別れです、劉豫州!」


 馬超の軍を横目に、ぼくたちは漢中へ馬で駆ける。

 まわりに人も物も木もない広野にさしかかった。

 ぼくは暁雲に聞いてみた。

「劉備からの書状、何て書いてあるんだろう?」

 暁雲は答える。

「張魯が得をするような内容だと思う」

「たとえば――後ろを守ってやるとか?」

「まあ、そうだろうな」

「え? じゃあ――」

 ぼくは、一つの可能性を見い出して、はっとした。

「張魯を攻める者がいる……」

 それは――そうするのは、一人しかいない。

 暁雲が言った。

「父さんだ」

 孟徳のおじ上。漢の丞相にして魏公、曹操のことだ。

 おじ上は、このあとほんとうに張魯を攻める。

 今は、建安十九年(214)。

 そのことをぼくたちが知るのは、翌年、建安二十年(215)になってからの話だった。


 劉備の話をしておこう。

 ぼくがあとから聞いた話だ。

 馬超は漢中に出奔していた。誰も彼に味方しなかったからだ。そこで従弟の馬岱、家来の龐徳と一緒に、張魯に身を寄せていた。

 馬超は確かに張魯の命を受け、馬岱と一緒に劉璋の救援に向かっていた。龐徳は病のためについていけなかった。

 張魯のもとでも、馬超は信用されなかった。そこで彼は劉備に投降することにしたのだ。

 劉備はもちろん大歓迎。

 馬超は成都に向かい、劉璋に降伏を促した。

 劉璋は自ら城門を開いた。

 成都を、そして蜀を、劉備は奪い取った。

 建安十九年(214)のことだった。



 劉璋がかつて劉備に送った四千の、お年寄りばかりの兵を、覚えているだろうか。

 建安二十年(215)の初め、ぼくたちは、彼らが守る場所にいた。

 張魯の軍にまた忍び込むつもりだったけれど、冬になったので、年が明け、暖かくなるまで待つことにしたからだ。

 東には、五斗米道の張魯が占拠した、漢中がある。

 お年寄りたちは畑を耕し、村を作っていた。

 馬超と韓遂が起こした反乱のせいで逃げてきて、五斗米道に従えない人たちが、ここに住み着いた。

 昨年、建安十九年(214)、劉備が成都を無血で開城させた。蜀は、劉備の領土となった。そんなわけで、お年寄りたちが作った村は、劉備の領土の東の拠点となったのだ。

 ぼくと暁雲もお年寄りたちを手伝っている。

 畑仕事なんて、ぼくも暁雲も、初めてだ。

 けっこう疲れる。

 それに毎日、畑の様子や、麦の具合を見るから、気をつけることがいっぱいある。

 ぼくたちが何も考えずに口にしていた麦は、こうやって育てられるのかと、恥ずかしながら初めて知った。

 こうしてみんなで育てた麦は、やがて劉備の将兵が口にする食糧になる。

 漢中は、畑仕事をしやすい土地柄だと、お年寄りたちから聞いた。作物もよく育つのだそうだ。

 蜀は、山に囲まれた、守りやすく攻めにくい土地だ。漢中も山が険しく谷も多い。

 そんな土地を劉備と張魯は手に入れた。

 そしてそんな土地を、孟徳のおじ上は、攻撃しようとしている。

 そのことをぼくたちに教えてくれたのが、劉璋が劉備に与えた四千の兵をまとめる男だった。

 実は彼こそが、孟徳のおじ上が成都に潜ませた間者、安だったのである。

 彼がそうだと知った時はほんとうに驚いた。

 ぼくたちがこの村にたどり着いてすぐ、迎えてくれたのが彼だった。

 彼は暁雲の顔を見るなり、自分の頭に手のひらを当てた。

 暁雲はそれを見て、同じように頭に手を当てた。

 それが、孟徳のおじ上が使う間者同士がする、互いを仲間だと確認するための仕草だったのだ。

 彼、安は、暁雲に言った。

「最近頭が痛くてね」

 暁雲も答えた。

「そうですか。お大事に」

 何をしているんだ?

 ぼくが見ていると、安と暁雲は互いに名乗りあった。

「安だ。おまえか、赤壁で丞相の身代わりを務めたという奴は」

「李だ。その通り。今は曹震という名で、曹子廉将軍の養子だ」

 暁雲のもとの名は李昇だから「李」と名乗ったのだ。

 安はぼくを見た。

「子廉将軍のご子息でございますね」

「そうです」

「安と申します。お呼びになる時も『安』だけで結構です。我々丞相の間者は互いを姓のみで呼びあい、年に関係なく対等に話しますから、どうぞ飛将様もそのようになさってくださいませ」

 ぼくは安に尋ねてみた。

「頭が痛いと言っていたけど、ほんとうなのかい」

 安は笑った。

「丞相の間者だと証明するための合い言葉です。丞相は頭痛をわずらっておいでなので、我々にかような合い言葉を考えてくださいました」

 ぼくは暁雲にも聞いた。

「彼が安だと知っていたのかい」

 暁雲は首を横に振る。

「今、初めて知った」

 安が頭を下げた。

「すまなかった。劉璋も劉備もあざむく必要があったので、ほんとうはおまえが李だとわかっていたのだが、あえて黙っていたのだ」

 暁雲が安にほほえんだ。

「詫びる必要はないよ。おれがおまえなら、おれもそうした」

 安は顔を上げた。

「張魯の軍に忍び込む件だが、おれも同行させてもらう。劉備が蜀を奪い取ったなら、丞相のもとに戻る約束になっていたのだ。いいか?」

 暁雲がうなずく。

「ああ、いいぜ」

 ぼくも安に言った。

「一緒に行こう、安」

「ありがとう、李。恐れ入ります、飛将様」

 安は続ける。

「丞相が漢中に向けて進発なされたそうです。漢中の様子を見に行った際、兵たちが話しているのを聞きました」

 いよいよ、おじ上が張魯を攻めるのだ。

 この攻めにくい漢中を、どうやって攻め取るのだろう。

 ぼくたちは今、安の家にいる。

 劉備が持たせてくれた張魯への書状も、そこに隠してある。

 今は、ぼくたちの村と張魯の軍は、戦闘をしていない。むしろ張魯は、おじ上たちの軍に備えている。

 おじ上たちは北から漢中を目指していることを、安がつきとめてきた。

 途中、氐人がおじ上たちの進路をふさいだり、服従しなかったりした。おじ上たちは彼らを打ち破り、陽平に到達したのは建安二十年(215)の秋七月だった。

 それを安から聞いたぼくたちは、張魯の軍に忍び込むため、村をあとにした。

 もちろん、劉備からもらった書状を持って。

 何が書いてあるか、見ていない。こういうものは、開けたらだめなんだ。


 ぼく、暁雲、安は劉備の使者を装って張魯に面会を求めた。

 張魯に暁雲が、劉備からの書状を渡す。

 書状を読んだ張魯は、ひとつ大きくうなずいた。

「まことにありがたい」

 書状を筒に収め、彼はぼくたちに言った。

「劉益州は我らを攻めぬとおっしゃっている。そしてお主らを軍に加えよとの仰せだ。なかなかの使い手だそうではないか。頼りにしておるぞ」

 劉備は蜀を領有し、成都のある益州の牧となったため、劉益州と呼ばれる。

 張魯のそばには、弟の張衛も侍立していた。張衛が言った。

「曹操の軍はここに接近している。先手は、夏侯淵と張郃だ」

 ぼくは顔を上げた。

 夏侯淵。妙才のおじ上。ぼくの父上と同じ年だ。息子の夏侯覇とぼくはよく話したことがあり、やはり同い年だ。

 張郃。あざなは儁乂。官渡の戦いで孟徳のおじ上に投降した。

 張衛は続ける。

「彼らは遠路進軍し、疲れてその日は休息をとるはずです。そこへ夜襲をかけます」

 張魯は弟にうなずいて見せた。

「それはいい。油断しておるだろうからな」

 ぼくと暁雲、安は、すばやく目を見交わした。

 暁雲がすかさず言上した。

「それがしら、夜襲をつかまつります」

 張衛が張魯を見る。

「いかがいたします、天師」

「うむ、任せてみよう。兵はどのくらい必要か」

 暁雲が答えた。

「三千の騎兵をお借りいたしたいと存じます」

「歩兵はどうする」

「奇襲ゆえ、走れた方がよいと考えます。騎兵のみで結構です」

「よし、お主らに任す」

 ぼくたちはひれ伏した。

 いよいよ、おじ上たちに合流する時がやって来たのだ。

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