最終話 金粉を握る死者
「あった」
金粉が入った胡椒入れのような入れ物を見つける。一度だけ、父が夜中にこれをドアノブにかけているところを盗み見たことがあった。だから方法はなんとなくわかる。
不思議とある人物に手紙を書きたくなった。一年前、あの事件が起きた時にここに泊っていたお客様の一人で、とても弁が立つ旅客だ。彼とはあの事件の後、良き友人となっていた。
年が近いこともあるが、単純に彼の語彙力や頭の回転の速さを気に入ったのだ。私は思うままに紙にペンを走らせ、それを封筒に仕舞った。ロビーの鐘を鳴らし、干し肉を皿に置いて少し待つと、一匹の狼が現れる。
「ご苦労様です」
彼を優しく撫でて、宛先を伝えた。彼は手紙を背中のバッグに入れてやると、干し肉を加えるなりすぐにホテルを飛び出す。一年前にはなかった狼を使った情報伝達の技術は、とても早く、鳥よりかなり確実。伝達が遅いデイにとっては便利なものとなっている。これがもっと普及すれば、都会とのやり取りがより良いものになることだろう。宛先の彼が頑張ってくれるだろうと期待していた。
「こちらの手紙を、ボア・ウォーリット様までお願いいたします」
その日の夜中、私は金粉の入った入れ物をもってホテルの廊下を歩いた。静かな廊下を進みながら、リストに載っていたすべての部屋のドアノブに金粉をかけ終わる。案外すぐに終わったが、ドキドキしてなんだか落ち着かなかった。
「……よし」
悩んだ末、やっと決心をする。
やはり私は父に会いたい。音を立てないように四〇八号室へ向かう。
コンコン
そっとノックをした。返事はない。
「父さん……?」
呼びかけにも反応はなかった。でもどうしても自分を止めることができない。忙しい中でも、一年という年月が流れても、私の中には尊敬できる父の姿があった。もっと話したいことや、教わりたいことがあった。一緒に過ごせた時間が短すぎたのだ。未熟な私は、まだ父の背中を追いかけ続けている。
私は決して開けてはならないはずのドアをもう一度叩き、ドアノブを握った。この瞬間にある出来事が思い出される。一年前に死んだピッテの遺体を供養したときのことだ。彼の遺体は手に金粉がついていた。心のどこかではわかっていたような気もしていたが、彼がどのように死んだのか、その真相に確信を持つ。
わかったからといってもきっと、私の結末は変わらない。それでも行動しようという気持ちは揺るがなかった。ピッテが誰の部屋を開けたのかはわからないけれど、一年前の彼の気持ちが今、手に取るようにわかる。
「失礼いたします」
ゆっくりとドアを開ける。中央に置かれたベッドに、見慣れた姿が腰かけている。私が着ているものと同じデザインの総支配人用のコスチューム。
まぎれもなく我が父、ゼラスだった。
「っ」
声を出す前に、私の身体は部屋の中から伸びてきた黒い無数の何かに貫かれる。痛みも感じないまま、私は意識を手放した。
何が起こったのか、どうしてこんなことになってしまったのか、本当に何もわからないままだった。
“父さん”
ただ私はもう一度、一目だけでも父に会いたかっただけなのだ。幸いそれは叶い、その瞬間に私の命は散った。
決して開けてはならない客室。父は生前それを、ダーズリンホテルの魔窟と呼んでいた。
了
ダーズリンホテルの魔窟 芦屋 瞭銘 @o_xox9112
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