角が立つのはこの頭

脱兎 政宗

第1話 ツノ

 人を鬼にするのもまた人だと言うが、言われてみれば確かに、人間だった頃の俺の首を斬ったのは人間だった。


 その後気付けば落ちたはずの首が何故か繋がっていて、いわゆる「鬼」と呼ばれるに相応しい、邪魔な棒が頭に二本もくっついていた。

 これがまた無駄に神経が通っているせいで、草木に当たろうものならなんか痒いし、就寝時に寝返りを打とうものなら近くのあらゆる物に刺さるし、枕も穴だらけだし、帽子も被れないし。

 人間に化けて街へと降りることもあるが、幻術の類で視覚情報だけを誤魔化しているに過ぎないので、問題のツノの異物感は晴れない。

 思えばこのストレスと千年以上付き合っている。

 あまりの不快感に一度捥いでしまったことがあったが、頭蓋骨と一体化しているのか有り得ないぐらい痛い。

 そして何より、もう人間ではないので驚異的な治癒能力でツノはすぐに元通りになった。むしろ若干伸びた気すらする。

 しかし、俺をこんな風にした人間という存在を心底恨んでいるのかと言えば、そうではない。

 元々人間だったということもあり、人間に良い奴と悪い奴がいるということぐらい知っている。

 そして何より、人間だった頃の俺は間違いなくその「良い人間」だったからだ。


「ま、あんまり覚えてないけど」

 言うと、それまで黙って話を聞いていた目の前の青年は、訝しげな表情で口を開いた。

「本当に覚えてないんですか」

「そ、あんまり」

 この青年、名前を桃塚モモヅカ 由浩ヨシヒロという。

 話によると福岡市内からはるばるこんな山奥の小屋までやって来たらしく、なんでも「この地に残る鬼の伝説」についての調査をしている大学生らしい。

 この場所のことを誰から聞いたのか分からないが、まさか本当に鬼の住む山小屋を突き止めて、更には「お話を伺いたいのですが」などと堂々と攻め入る根性。実に肝が据わっている。

 こちらもなんだか面白くなってきて「命が惜しかったら今すぐ立ち去れ」などと言ってみたのだが、逆に桃塚の取材魂に火を着けてしまったのか、閉めた戸を斧でぶち破られた。

 ただかっこいいセリフを言ってみたかっただけなので、その場で食い下がってくれれば取材に応じようと思っていたのだが、戸を閉めた瞬間に斧で戸をぶち破ってくるとは思っておらず。

 唖然とするこちらをよそに、桃塚は「お話、お聞かせ願えますか」と平然とした声色でそう言うものだから、もはや最後は笑顔で頷くしかなかった。

 鬼になった理由。

 今着ている衣服はどこで調達した物なのか。

 普段は何を食べているのか。

 他に仲間はいるのか、人間を憎んでいるか。

 鬼になった理由は覚えていない。

 今着ている衣服はインターネットショッピングで買った。

 普段は庭で採れた野菜や街で買い溜めをした米や肉、魚等を食べている。最近はアーモンドチョコレートが好きだ。

 他に仲間はいない。

 別に人間という存在を憎んではいない。

 これで以上だ。

 真面目な声色の割に、本当にどうでもいいことしか聞いてこないので、拍子抜けしてしまう。

 早く終わらないかなと自分の爪を見ながら答えているところで、桃塚は「最後に一つ」と切り出した。

「人間を食ったことはありますか」

「無いよ!!」

 思わず食い気味に答えると、桃塚は目を丸くして驚いている。

「……無いんですか?」

「無いよ」

「一度も?」

「一度も」

「神に誓って?」

「神に誓って。神さまなんていねえけど」

 どうやら最近の子どもは鬼は人を食うものだと思っているらしい。非常に心外だ。

「あのなぁ、モモヤマくん。鬼だからって、元は人間なんだぜ?好き好んで人間を食うわけねえだろ」

「桃塚です」

「桃ちゃん」

「桃塚です」

 それでいて最近の子どもは、失礼な事を言って謝る道も知らないらしい。

 ここは千歳ほど年上の自分がありがたい説教でもしてやろうと、咳払いをしたのと殆ど同時だった。

 人の家のドアを斧でぶち破っても尚顔色を変えなかった桃塚が、非常に切迫した表情で、弱々しい声を上げた。

「じゃあ、鬼が人間を喰わないって言うんなら、なんで俺の兄貴は鬼に喰われたんですか?」

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角が立つのはこの頭 脱兎 政宗 @mochimochimomomo

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