第3話 夏休みって
生徒会の面々は公共施設にいた。夏休みが入って数日のこと、まだまだ夏が始まったばかりのことである。公共の施設とは、まさに公共施設であり、何を目的にしている施設かイマイチ分からないあの施設のことである。卓球の板が置いてあったり、サッカーコートが屋上にあったり、なんかそういう施設である。凛と葵、そして楢原先生がいるのはガラスの天井から光が差し込むテラスであった。小学生が夏休みの宿題を広げ、老齢の人々がブリヤード台で元気に球をついていた。三人は何をしていたかというと机上には多種多様なボードゲームが持参され、今は将棋が行われているところだった。
「私帰るね」
楢原先生が早々に帰宅宣言をした。
「早速一人いなくなったよ」
葵は困り顔をしてそう言った。
「いやぁだってなぁ、二人組の方が会話がしやすいだろ? これからの進行的にも」
「いても大丈夫ですよ、叙述トリックに使いますから」
「ここでまともなのは私だけか!」
「そういう訳でまたね〜。生徒会の集まりは来週だからなー」
そう言って楢原先生は帰っていった。
「何しに来たの先生は」
「まぁいいじゃない。ほら、王手よ」
「あ、ちょっと待って」
飛車で取ると間接王手飛車、どこに逃げても王手ラッシュが続く極めて重要な局面であった!
「よしっ! ここに逃げるよ」
「王手」
「ええ......っとじゃあここ」
「王手」
「うーん......ここかな」
「王手。10手先で詰みよ、凛」
「強すぎだよ! もういい、私葵ちゃんとは将棋やらない」
「ここで諦めたら成長の機会を失うわよ。さぁ、早く。ボコボコにさせて頂戴」
「心の声がダダ漏れなんだけど。何? 将棋は美しい所作とマナーのスポーツじゃないの?」
「違うわ。端的に殴り合いの喧嘩よ」
「そこまで言うか!」
「実際そうじゃない。戦争ごっこをしているようなものだし。藤井くんの顔なんか見てみなさいよ。人を殺す目をして盤面を見つめているわ」
「そんなわけないでしょ! 謝って! 将棋連盟と将棋のプレイヤーたちに今すぐ謝罪して!」
「ごめんなさい」
「素直だね」
「逆らえば殺さr」
「回避のための謝罪?」
「ところで、どうして私たちは此処にいるの?」
「誘ったの凛ちゃんじゃん」
「誘ったけど来るとは思わなかったのよ」
「じゃあ何で誘ったの?」
「いや、来るかなって」
「蟻とか観察する小学生のマインド?」
「しかし子供はいいわね、将来のことなんて何も考えなくていい気楽な顔でゲームや漫画に興じて。宿題する子供は微々たるものね」
「言い方! パブリックスペースで言っちゃいけない言葉ランキング一位だよ!」
夏休みの公共施設にはたくさんの子どもがいた。
「けれど少子化が嘘じゃないかって思えるぐらいに子どもが多いね〜。子供って好きだな〜私。ねぇ凛ちゃん」
「そうね。ところでブリューゲルの名作、『農民と踊り』で子供は一様に大人として描かれていたそうよ」
「急に何?」
「昔は大人と子供の区別がなかったという話よ。つまり葵はロリコンじゃないわ、安心なさい」
「勝手にレッテル貼って説明を完結させないで! そんな風に見てないよ!」
「舐め回すように見てたじゃない」
「文章じゃ伝わらないからって言いたい放題だね!」
「そうね。今の私は水着よ。それもフリフリも」
「制服だよ」
「想像の問題よ、書かれてることが真実とは限らないもの」
「あー、それは何となくわかるけど。叙述トリックとかあるもんね」
「そうよ。ちなみに葵は全裸です読者の皆様」
「違う! 違うって!着てます! 白のワンピースに麦わら帽です!」
「あっ、百合ね」
「私の弁解ガン無視? ほんとだ〜、観察日記書いてるのかな」
百合の前には小学生が学習ボードを持って観察しているようだった。
「懐かしいわね、自由研究。私、賞を取ったことがあるのよ?
「おお、すごいね。どんな研究だったの?」
「日経株価の変動に関する社会学的アプローチによる分析と短期取引による実践」
「お父さんのお仕事?」
「違うわ、独学よ」
「怖いよ」
「二週間で300%の資産増加を成し遂げたわ」
「天才じゃん!」
「けどとても怒られたわ。税金の支払いで」
「どれだけの金額を扱ったらそんな風になるのかは聞かないでおくよ……」
「葵はどんな研究をしていたの?」
「え、えーっと……朝顔の観察日記とか」
「えっと……満点よ!」
「……ありがとう」
「……」
「……」
しばしの沈黙が二人の間を包み込んだ。
「将棋、やろうか。6枚落ちぐらいでお願い、凛ちゃん」
「分かったわ」
そうして夏休みの1日が消費された。夏はまだ始まったばかりだ。小学生のように、何も考えないくらいがちょうどいいのかもしれない。葵はそんなことを思って、眠りについた。
放課後かんばーせーしょん 芳乃しう @hikagenon
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