プロローグ  王国警吏隊国都本庁(スットコランド・ヤード)その③

 


 まあ、騎士の悲哀について語るのはこのくらいにして、ともかくわがダイエイ王国において騎士の家に生まれた者は、男女の区別無く騎士団か警吏隊か、はたまた不本意だが歩兵として国軍に入るのが王立学院卒業後の通常の進路である。


 女性も組織内での事務仕事などで人員が必要となるからだが、中には事務職ではなく、ともすれば危険がつきまとう「現場」を強く希望したミランダ姉さんのような「変わり者」もごく希にはいるけれども。


 そのミランダ姉さんは、僕より五歳年上の二十三歳である。


 一八〇セントメイル(一八〇センチ)になんなんとするすらりとした長身の所有者で、白すぎるほど白い白皙の肌、溶かした黄金で染めあげたような金色の長髪、見る者を魅入らせる色調深い青玉石(サファイア)色の瞳、ややあごがしゃくれてはいるが、弟の僕から見てもかけねなしの美人である。唯一残念なところは、胸が悲しいくらい「ぺったんこ」くらいなところか。


 もっとも、そんなかけねなしの美貌を誇る姉さんが「年齢イコール彼氏いない歴」なのは、残念なその胸のせいではなく「男勝り」を地でいくその性格によるところが大きい。


 なにしろうちの姉さんときたら……。


「お待たせいたしました。ご注文のパスタとサラダのセットです」


 ふいに聞こえてきたその一語に僕がハッとして顔をあげると、女性の店員が銀のお盆に注文した料理を乗せて運んできた。


 さらにその背後を見やると、トイレにでも寄っていたのか、姉さんが席に戻ってくるのが見えた。


「あら、料理が来たのね。じゃあ食事にしましょうか」


 かくして半刻ばかり僕と姉さんは、食事と食後の紅茶を飲みながら時間を費やしていたのだが、先に紅茶を飲み終えた姉さんが、テーブルに立てかけていた愛用のサーベルを腰に吊してすっと立ち上がった。 


「じゃあ、そろそろ行くわよ、コロンダ」


「行くって、例の警護に? まだ早すぎるよ、パーティーは夜からだよ」


「前もって警護の対象がどんな人物で、どんな場所に住んでいて、実際にどんな身の危険を感じているか調べておく必要があるでしょう。気乗りしない仕事でもいったん引き受けたからには完璧にこなすのがプロってもんよ」


 いったい何の「プロ」なのか僕にはわかりかねたが、たしかに姉さんの言うことも一理あるのであえて黙っていた。


 それにしてもこの気合いの入りようはどうか。先刻まで上官に悪態をついて拒否していた人物とはとても思えない。やはり貴族と会えるという「殺し文句」が効いたようである。


「わかった。じゃあ、せめて分隊長にひと言断ってくるよ」


 というわけで僕はひとまず本庁に戻り、ブルーク分隊長にその旨を告げた。


「そうか、やってくれるか! ありがとう、コロンダ!」


 と、ブルーク隊長は涙ぐまんばかりに感動した様子で、僕の手を力強く握りしめるのだった。ほんと、管理職はいろいろと大変なのである。


「しかし、命を狙われているとは穏やかではありませんね。そこまで言うからには何か思い当たることでもあるのでしょうか?」


「うむ、それなのだがな……」


 ブルーク分隊長はすっかり温くなった紅茶を一口すすってから語をつないだ。


「総監の話では、商会の先代の会長のゴンザレス氏が死去して以来、誰がシャイロック商会の会長となるか、内部でそうとう揉めていたようだ。結局、すったもんだの末、女性ではあるが故人唯一の子供である娘のマリーヌ嬢が継ぐことに決まったらしいのだが、それをいまだに不服に思っている人間が方々にいるらしい。とりわけ親族の中にな」


「それで、具体的にはどのようなことがそのマリーヌ嬢にはあったのでしょうか」


「いや、その辺の詳細なことは総監も言及されていなかった。直接マリーヌ嬢とやらに訊かないとなんとも言えんな」


 たしかにそのとおりである。僕は小さく頷き、


「わかりました。それでは姉さ……ミランダ主任とともに行ってまいります」


「うむ、頼んだぞ、コロンダ。あ、それと相手は王家御用達の商人だ。くれぐれも粗相の無いように姉さんに言っておいてくれ」


「はい、わかりました」


 そう僕は応じたのだが、おそらくその種の心配はしなくていいように思う。


 なにしろ姉さんの主目的は、そのマリーヌ嬢とやらの警護ではなく、そのパーティーに集まってくる貴族の子弟らに、自分を花嫁候補として売り込む「婚活」にあるのだから。


 パーティー会場ではここぞとばかりに清楚に、そしておしとやかに振る舞うであろう姉さんの「まやかしの姿」が、僕には容易に想像できた……。

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警吏コロンダ ~事件解決(なぞとき)はドレスを着た後で~ @qbry

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