第7話 大団円
第一発見者である青山が、朕然和尚を訪ねたのは、事件が発生してから、一週間後だった。
それまで青山は、警察からの呼び出しもなく、この事件では、
「まったくの蚊帳の外」
であった。
だが、そんなただの第一発見者である青山が、本当であれば、放っておけばいいのに、なぜ、寺を訪れることになったのか、興味深いところであった。
しかも、期間が一週間あいている。
「体調が悪かった」
というのもあるが、熱も翌日には下がり、3日目からは、十分に活動ができるようになっていた。
ということは、最初から、この事件のことは、
「別にどうでもいい」
と思っていたのか、それとも、
「気にはなるが、自分から動くのは、ちょっと」
と思っていたのか、そのどちらかであることは間違いない。
寺は、いつも朝晩しか見ていないので、昼間にくると、なぜか眩しく見えるから不思議だった。寺の門を入れば、
「あれ? こんなに狭かったんだ」
と感じさせられた。
やはり、朝晩の微妙な明るさや、真っ暗な雰囲気は、建物を大きく見せるのだろう。ただこれは当たり前のことで、暗い時などは、影との見分けがつかないことから、影までが実態に見えて、大きく感じるのだろう。
青山は、境内に招かれると、庭が一望できる廊下を通って、客間のようなところに通された。
ここは、数日前に、桜井刑事と高田刑事が入った場所であり、あの時と違うのは、坊主は同席していないということであった。
青山は、自分が先日目撃したことを和尚に話したが、和尚はそれをじっと聞いていた。
そして、和尚が、いうには、
「あなたは、この境内で死体が発見されたのをご存じかな?」
と尋ねた。
もちろん、こうやってわざわざ訪ねてくるくらいなので、その事件と自分の目撃証言に関連したことで、ここにやってきたということくらいは、想像がつくに違いない。
「ええ、知っています。ただ、その場面を見たわけでも、どういう状況かということは分かりません。どうやって殺されたのか? そして、殺されたのが、誰なのか?」
ということもですね。
という言葉を聞いて和尚は、
「この男、どうやら、被害者が誰なのか分からないということを知っていて、わざと、話しているな」
と感じた。
もっとも、
「身元不明の死体」
ということは、新聞にも出ていただろうから、分かっていることだろう、ただ、彼の証言は、和尚にも興味深いことであった。
「ところで和尚さん」
と、青山が一瞬の沈黙を破って、声をかけた。
「ところで」
という表現をされると、それまであまり時間が掛かっていなかったことでも、かなりの時間が経ったかのように思える。
「そのような効果を青山が狙ったのか?」
と和尚は思ったのだ。
和尚には、この事件の骨格が少しわかった気がした。ひょっとすれば、青山にも別の意味で分かっていることがあるのかも知れない。そして、
「キーワードといえるようなものを、青山は知っているのかも知れない」
と感じたのだ。
「青山探偵は、この事件をどう考えておられるのかな?」
と、和尚はニコニコしながら言った。
「私は、どう考えているも何も、あまりにも情報が少なすぎますからね。だから、私は情報を提供して、和尚さんと一緒に、この事件を考えてみたいと思ってですね」
と青山は言った。
「ほう、私のような人間でいいのかな?」
と和尚は、含みを持った笑顔で答えたが、それは、和尚が、
「私には何でもお見通しよ」
とでも言っているかのように見えたのだった。
「和尚さんは、私の証言を信じてくださいますか?」
とまず、自分の提供ネタの信憑性について聞いてみた。
「ええ、十分に感じました。むしろ、そこで何かが分かった気がします」
という和尚が、まんざらでもないという表情でいうと、
「というと?」
と、あまりにも早い反応なので、今度は青山の方がびっくりした。
青山は、本当は、少しの事情は知っていた。
というのも、彼には警察の知り合いがいて、その人から、
「話せる程度で」
ということでの情報提供はあった。
「事件の守秘義務があるのに」
というはずなのだが、青山に対しては、
「どこまで話してもいいのか?」
ということは、ある程度の決まりごとがあるようだったのだ。
ただ、青山は、
「単独行動が目立つ」
ということで、なかなか警察も、どこまで話していいのか戸惑っているようだが、それでも、少々の情報は入ってくる、それを考えると、青山にとって、
「これからのことは、あくまでも、想像でしかないですが」
という前置きの下、ちょっとした行動で、
「捜査の邪魔にならなければ」
ということで、許されていた。
いわゆる、彼は、
「安楽椅子探偵」
と呼ばれるもので、
「普段は、別の仕事をしているが、頭脳明晰だったりして、警察の捜査を助ける形で存在するのが、安楽椅子探偵と呼ばれるもの」
だということだ。
テレビドラマの、
「2時間サスペンス」
と呼ばれるものなどでは、
「ルポライター」
であったり、、変わり種では、
「葬儀屋」
なんていうものもある。
下手をすれば、
「ネコ」
が名探偵というものもあり、小説界では、
「なんでもあり」
ということではないだろうか?
青山は、普段はしがないサラリーマンで、上司からにらまれるタイプで、今回は、
「嫌いな上司がいなくなったことで、頭がさえてきた」
ということであった、
ただ、それは、
「のびのびできる」
ということからではなく、その上司が、
「この事件に関係している」
ということから、
「何か霊的なものが自分に働いたのかも知れない」
と感じた。
普段であれば、そんなことはないのに、今回は特別なのかも知れない。
和尚がいうには、
「あの場所は、よく夜になると、誰かが荒らしているのか、朝になると、穴が掘られているのを時々見るんですよ」
というと、今度はニヤッと笑って、青山が聞いている。
「和尚さんは、モノを隠す時、一番安全な場所ってどこだかわかりますか?」
というので、
「いいや」
と和尚が答えると、
「それは、一度誰かが探したところなんですよ、まさか、その場所をもう一度探すということはしないでしょう?」
ということであった。
「なるほど」
「あの場所を和尚はいつも誰かが掘り返して、そのままにしているということを、まわりの皆に思わせて、それで警察にも、前の日に、そこにあった何かを誰かが掘り出したかのように見せて、その場をごまかしたわけです」
ということであった。
「じゃあ、わしがあそこに何かを隠したとでも?」
「ええ、あの場所に、被害者の身元が分からなくなるようにですよ」
「なぜ、そんな?」
「そこには、死体は発見されてもいいが、身元が分かるのは、なるべく遅い方がいいということを画策したかったからでしょうね」
と青山は言った。
「なぜ、そんな?」
「それは、きっと、借金取りとの関係、あるいは、保険会社との関係のようなものが細かくあったからじゃないでしょうか? それにあなたにそれを依頼に来たのは、被害者の家族、あるいは、借金取りだったのかも知れない。ひょっとすると、借金取りと、被害者の奥さんができていたなんてストーリーもあるかも知れないですね」
と、青山は言った。
「じゃあ、わしが、彼らに買収されたとでも?」
というと、
「私はそう思っています。大まかな犯罪計画は、借金取りと奥さんが計画したんでしょうけどね、なぜなら、この寺を犯罪に使いたかったからでしょう」
「なぜ、この寺を?」
「それは、和尚が一番よく分かっているんじゃないですか? この寺では、死体を見るだけではなく、触ることもできない。少しでも、死体にかかわれないということで、第一発見者の坊主さんは何も知らないから、被害者のことを見ようとも触ろうともしない。だから、身元が分からないだけか、死体をここに動かしたということが、警察に分かってしまう」
と青山がいうので、
「死体を動かしたということが分かってもいいんですか?」
と和尚がいうので、
「いいでしょう、そう思わせておけば、この寺には、ただ放置しただけということになり、しかも、私という目撃者をつけて、寺から誰かが何かを掘りだしたということにすれば、あくまでも、被害者が誰なのかということを少しでも後ろに伸ばすことができる」
という青山に、
「なぜ、そんな面倒なことを?」
と和尚が聞くと、
「たとえば、被害者が、何か大きな犯罪か何かをしていて、時効を迎えるかどうかの切れ目であるかも知れないからですね」
というと、
「しかし、殺人の時効は撤廃されたのでは?」
と和尚がいうので、
「それは、あくまでも、撤廃以降のお話でしょう?」
というので、
「ええ、だから、15年前というと、すでに撤廃されていたのでは?」
というが、
「ただね。外国にいる間は、その時効の経過が停止するということがあるんですよ。それを知られたくなかったということと、時効にしてしまうことで、保険金をうまく分捕れるということが目的ですね」
と青山がいうと、和尚は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
それを見て青山は、
「和尚さん、自首なさった方がいいかも知れませんよ」
と青山は言った。
「それはどうして?」
と聞くと、
「だって、この犯行が成立してしまうと、あなたは、やつらにとって邪魔者でしかありませんからね」
と恐ろしいことを口にした。
それを聞いて和尚は初めて顔が真っ青になり、完全に身体か硬直してしまった。
「後は和尚に任せます」
といって青山は帰っていったが、事の次第は、青山の言う通りであった。
和尚は警察に自首して、事件の真相を語ったが、それによって、借金取りと、奥さんが逮捕された。もちろん、和尚も罪に問われることだろう。
「御仏に仕えておきながら、坊主さんを巻き込んだりするから、こんなことになるんだよな」
と青山は、
「そもそも、俺を証人となったことからして、最初から、事件は間違いだらけで始まったといってもいいだろうな」
と感じていた。
青山探偵が、警察からまたしても、感謝状をもらったのは、言うまでもないことであった。
( 完 )
間違いだらけの犯罪 森本 晃次 @kakku
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