第6話 もう一つの行方不明
青山が、体調を崩している間、青山の会社の方でも、少し厄介なことが持ち上がっていた。
青山のことを、以前、全否定していた上司が、
「行方不明になった」
ということであった。
一応、自宅の方から、捜索願を出してもらったのだが、
「一体、どうなってしまったというのか?」
ということなのだが、それは、内輪だけの話で、警察が、真剣に捜査しているかどうか、怪しいものだった。
というのも、
「警察は、事件性がなければ、捜索願を受理しても、動くことはない」
と言われている。
捜索願というのを警察が受け取っても、
「ただの家出かも知れない」
と言われてしまえば、無理もないことだった。
実際に、
「事件性があると思われた人を探していて、実際に、ただの旅行をしていただけだ」
ということもあったりした。
警察からすれば、
「捜索願というものを、一つ一つ処理していたら、他の仕事がない」
というののだ。
要するに、
「どれだけの数の、捜索願を裁かなければいけないんだ」
ということである。
「さすが、警察」
という意味で、ここでいう、
「さすが」
というのは、決していい意味ではない。
「やっぱり警察のやることだ」
という意味の、
「さすが」
であった。
警察というのは、基本的に、
「民事不介入」
である、
夫婦喧嘩も、
「刃物を持ち出して暴れている」
というのであれば、急いで現場に向かうが、
「口喧嘩」
であったり、その内容が、離婚の際の、
「財産分与」
であったり、
「親権問題」
などは、すべてが、民法の範囲になるので、警察が動くことはできない。
だから、
「借金取りに追われている」
といっても、実害があれば別だが、そうでなければ、何もしない。
相手が、
「指定暴力団」
であったり、明らかな脅迫であるということが分かれば別だが、そうでなければ、警察は、うかつに動くわけにはいかないのだった。
それが、
「法治国家の日本」
ということになるのだろう。
ただ、この上司がいなくなる理由が見つからないことと、本人が、最近、
「誰かに殺されるのではないか?」
といって、怯えていたということもあって、一応、警察の方でも、
「何かないか?」
ということを調べていると、どうやら、
「多額の借金がある」
ということが判明したようだ。
それが、
「どれだけの額なのか?」
そして、
「どこから借りたのか?」
ということを調べてみると、失踪の理由も分からなくもないということであったが、やはり問題が、
「借金」
という民事関係のものなだけに、本気で動くわけにはいかないが、ただ、自殺の可能性もないわけではなかった。
というのは、家族が、最初のうちは、
「プライバシーの侵害」
ということで、部屋を物色することを控えていたが、さすがに借金の問題が明るみに出ると、
「そうもいっていられない」
ということで、部屋を探してみると、ある程度分かりやすい場所に。
「遺書」
というものが置かれていたという。
そこには、借金のことであったり、家族に申し訳ないということ、最後には、
「死んでお詫びする」
ということが書かれていて、それを、警察にもっていくと、
「さすがに捜査しないわけにはいかない」
ということで、捜索願への手配が行われた。
「分かりやすいところに置いているというのは、気になるな」
ということで、まずは、最近の自殺者の中から、身元が今のところ分かっていない人を探ってみることにした、
本人が失踪したと思われる時から、そろそろ、一か月が経とうとしている。警察の捜査で、借金のことも、事実だということが分かると、遺書にも信憑性が生まれてくるのだった。
警察が捜査した、自殺者で、身元が分かっていない人で、さらに、ここ一月の間で発見されたものの中に、問題の捜索人はいないとのことであった。
「実際にまだ自殺を思いとどまっているだけなのか?」
それとも、
「自殺はしたが、死体が発見されていないだけなのか?」
ということを考えていたが、
「自殺未遂で、死にきれないまま、どこかの病院で治療を受けているという可能性はないですかね?」
ということを言い出した人がいて、今度は、病院の捜索が行われた。
すると、その中で、一人該当する人がいるということで、警察はその病院に赴いたのだった。
すると、その入院先と思われる病院に行って、実際に、写真を看護婦や医者に見せると、
「ああ、この人ですね」
といって、その人が、
「自殺未遂のまま、病院に担ぎ込まれた」
ということが分かったという。
睡眠薬を飲んで、ガス自殺を試みたということであるが、死にきれず、しかも、すぐに発見されたということで、病院に運び込まれた時は、
「命に別状はない」
ということで、その時、警察もさほど、気にはしていなかったという。
もちろん、身元も分かっているということであったので、捜索願が出ていないかということを警察が調べようとした矢先、ある程度まで回復し、動けるようになったところで、本人が、また、失踪してしまったという。
さすがに、発見された場所の所轄では、
「これは不祥事に当たりかねない」
ということで、とりあえず、
「ひそかに捜査」
を行うことにした。
知っている人もごく一部、これが、知られてしまうと、
「署の名誉にかかわる」
ということで、秘密裡な捜索が行われたが、そう簡単に見つかるわけでもない。
行方不明者の捜索など、ローラー作戦でも取らないと、なかなか見つかるものではない。そういう意味でも、所轄としては、焦ってもいただろう。
特に、捜索願を出している家族には、まだ何も言っていなかったので、
「実際に自殺を試みて、未遂に終わり。病院の担ぎ込まれた」
というところまでであれば、家族に、病院の場所を教え、そこで、終わりだったのだが、何と、まさか、その本人が失踪するなんて、想像もできなかった。
「問題は、また、自殺を試みないか?」
ということと、
「借金取りに狙われたりしないだろうか?」
ということであったが、
「さすがに借金取りも、自殺未遂をした人をこれ以上追い詰めるようなことはしないでしょう。そもそも、死なれてしまっては、借金取り側が一番困るでしょうからね」
という。
確かにそれは間違いないことで。
「そうですね。死なれてしまうと、借金の取り立てができなくなるし、自分たちが追い詰めたということになるのを、やつらも恐れるでしょうからね。その説はないかも知れないですね」
ということであった。
もちろん、借金取りたちも、失踪した男を探してはいるだろうが、あくまでも、見つかっても、必要以上な、刺激を与えるようなことはしないだろうと思われた。
そして、もう一つの、
「もう一度自殺を試みないか?」
ということであるが、
「楽天的な意見ですが、普通は、一度自殺に失敗した人は、二度も、死ぬ結城は持てないと思っている人が多いような気がしますけどね」
という人もいるが、逆に、
「そういう人は、病院でおとなしくしているんじゃないかな? わざわざ病院を抜け出して、さらに行方不明になるというのは、よほど、借金取りを恐れているのか、何かではないだろうか?」
ということでもあった。
ただ、とにかく本人をまず確保することが大切だ。何とか、生きたまま確保しないと、警察としても、しっかりしないといけないということだ。
警察としても、行方不明者を必死で探している。
当然、前述のような、殺人事件などで、被害者の身元が分からないものなどが、その対象だったが、今回の、
「墓地で発見された被害者」
というのも、その該当であった。
しかも、身元が分かるものを、一切身に着けていないというではないか。これは明らかに、
「身元がバレるのを恐れて」
ということであろうが、今の自裁の警察の捜査で、身元がバレないということはないだろう。
となると、
「時間稼ぎ」
ということになるのだろうが、その時間稼ぎの意味がどこにあるというのか、警察としては、考えさせられるところであった。
幸か不幸か、墓地にての身元不明事件の被害者が、この所轄であったということで、桜井刑事たちも、ちょうど、捜索願を探しているところに、捜索願で動いている方の刑事たちと話すことになった。
ただ、それは、
「空振りに終わった」
といってもいい。
墓地で発見された被害者が、今回の失踪者とは、違うということは分かったのだ。
事件の流れや、組み合わせから考えると、
「十中八九、被害者が、失踪者と同じだ」
というストーリーを考えた読者には残念であるが、まだ、この事件には奥があるようだ。
ただ、実際には、
「墓地で発見された、今のところ身元不明の死体」
というのと、
「借金取りに追われるように、遺書を残して失踪し、自殺未遂を起こして、病院に担ぎ込まれたが、少しよくなりかかったところでの、またしてもの、謎の失踪」
という事件とが、どこかで、結びついているのかも知れない。
ただ、失踪事件に関しては、家族は、本人が自殺未遂を起こしたことからその先までのことを知らない。あくまでも、
「最初に、遺書を残して失踪した」
というところまで分かっているだけであった。
失笑事件もさることながら、問題の、
「墓地で殺された男」
の捜査も、難航していた。
桜井刑事と高田刑事が、お寺の和尚と坊主に事情聴取した中で、これと言って、
「問題になる」
というような話は聞かれなかった。
しかし、桜井刑事は、一つ気になることがあったのだ。
それは、
「彼らの宗派では、死体を直接見てはいけない」
ということになっているということであった。
それがどういうことなのかということは、正直分かるわけではないが、その話を考えてみると、
「もし、犯人が、この寺を死体を放置する場所として選んだことに、そのことが関係あるとすれば、犯人は、身元を示すものを皆取り除いていることと重ねて考えると。時間稼ぎという説が、有力になってきて。クローズアップされるのではないか?」
と考えたのだ。
しかし、だとすれば、なぜ、
「死体が発見されないように、山奥にでも捨ててしまわないのだろうか?」
ということになる。
死体が発見されなければ困る」
ということであれば、一番考えられることとすれば、
「遺産相続問題」
のようなものではないだろうか?
「被害者が、遺産をたくさん持っている」
という場合であるか、あるいは、
「保険金をたくさん誰かにかけていて、その保険金をもらう」
ということである可能性であった。
実は、この
「保険金」
という問題は、もう一つの事件としての、
「失踪者の自殺未遂事件」
ということにも関わってくる。
「自殺の場合では、保険金は下りないのでは?」
と思っている人も多いかも知れないが、そんなことはない。
保険会社によってそれは変わってくるが、
「免責期間」
というものがあるようだ。
「基本的には3年ということのようである」
ということだが、
要するに、
「免責期間をすぎて、つまり、保険契約から自殺までが免責期間を過ぎていれば、自殺でも出る」
ということであった。
実際に、失踪者の生命保険を調べると、すでに10年以上を費やしているので、すでに、免責期間はとっくに過ぎているので、
「支払対象になる」
ということであった。
実際に死亡保険の対象者は、奥さんになっていて、その額は、びっくりするほどの額でもなく、確かに、それだけあれば、借金を返すことはできるだろうが、どこまで自殺を思い込むかということで考えると、
「一度自殺に失敗したうえで、またしても、すぐに自殺に思いきれるほどの、度胸が持てるか?
ということは大きな問題であった。
確かに
「死ぬ結城など、2度も持てるわけはない」
という話も、まんざらでもないと思えるのだった。
だが、それでも、失踪してしまった。
病院側は、
「念のために、精神科にも診てもらう」
ということを考えていたのだが、その前に失踪されてしまったことで、少し途方に暮れていた。
この時点で、警察の方は、
「墓地での死体発見事件」
と、今回の
「2度の失踪と自殺未遂」
という件を、そう簡単に結びつけるということはできなかったが、だからといって、
「まったく関係ない事件」
とも見ていないようだった。
特に、前者の墓地での死体発見事件というものが、
「犯人の明かな意図が見え隠れしている」
というのがあったからだ。
それは、身元を分からないように、
「身元が分かるものをあらかじめ取っておいたり」
さらには、
「死体を見ることができないこの寺に運び込んで、顔を見てはいけない」
ということで、わざわざ、死体をうつむせにしておいたりしたことに、大きな作為が感じられないわけはなかった。
ただ、それが、
「ただの時間稼ぎなのかどうか」
というのは、難しい解釈ではないだろうか。
犯人は、時間稼ぎをすることで、
「何が、彼らの得になるというのか?」
時間稼ぎをしたとしても、実に、
「子供だまし」
といってもいいくらいの短いものであり、それがどれほどの時間になるかは、本当に、ごく短い間だとしか思えない。
ただ、これが、失踪者との事件と絡んでいるとすれば、
「何か、気持ち悪い、ゾクゾクとした感覚になってしまう」
と考えられるだろう。
確かに、子供だましといってもいいだろうが、
「まさか、これはあまりにも突飛な考えだ」
ということなのだが、
その考えというのは、
「墓地の事件の犯人が、失踪者ではないか?」
ということである。
今のところ、被害者が誰なのかということが分かっていないので、捜査の半分はできない。
普通であれば、被害者が特定されることで、被害者の身辺を調査し、
「誰かに恨まれていないか?」
という殺人の動機を、まず、怨恨に絞っての捜査もできるというわけだ。
何といっても、被害者は他で殺され、個々に運び込まれたということであれば、それは、犯人にとって、
「恨みによる犯行だ」
といっているようなものだ。
行きずりであれば、
「何も、被害者が誰なのか?」
ということを隠す必要はない。
身元が分かろうが分かるまいが、通り魔殺人であれば、被害者との関係があるなしということは関係ないからである。
「被害者の身元を隠したい」
というのは、
「動機というものが、被害者が特定されることで分かってきて、それによって、容疑者が確立してくることを恐れるからだ」
といえるだろう。
警察は、被害者に恨みを持っている人を絞って。
「まずは、被害者に恨みを持っている人のアリバイ調査を行うことだろう」
中には、直接その本人に、
「あなたは、この時間、どこにいましたか?」
といって聞く場合もある、
何といっても、それが一番手っ取り早く。逆に、
「そのアリバイを申し立てられない」
ということであったり、
「言っているアリバイが、証明できない:
などという場合は、その人が、
「重要参考人」
ということで、場合によっては、
「逮捕拘留」
ということにもなるだろう。
とにかく、本人に聞くのが一番早いわけだが、今回はそうはいかない。
何しろ。身元が分からないわけだからである。
だから、そこに、
「作為が考えられる」
と言えよう。
そういう意味では、失踪事件の方もそうだ。
確かに、
「借金取りから逃げている」
ということで、自殺未遂まで行ったのだから、そこまでは、行動パターンは、よくわかるというものだが、自殺未遂で運び込まれた病院から、いきなり失踪するというのも、考えにくい行動であった。
そこで、警察が考えたのが、
「本当に、本人の意志による、失踪なのか?」
ということであった。
「誰かの指示」
であったり、
「脅迫めいたものが存在している」
ということで、失踪に他の人間の強い意志が働いているとすれば、そこは、
「それはそれで、大きな問題だ」
ということになり、それが、
「まるでキツツキ戦術のように、追い出される形になった」
ということなのか?
「何か誰かに吹き込まれ、病院にいられない」
という状況になったのか難しいところであるが、警察が判断するに、
「本人の意志ではないような気がする」
ということであった。
ただ、それを口にすると、秘密が秘密ではなくなる可能性があるので、ひそかに捜査は、行われた。
「厳かに」
といってもいいくらいに、静寂の中で行われた。
正直、
「時間だけが経過している」
といってもいいくらいで、それが、何を意味するのか?
ということを、誰も分かってはいないが、温度差はあるかも知れないが、大なり小なり、今度の事件は、
「奥で何かが暗躍している」
と思えて仕方がなかった。
もっとも、そうでも思わないと、警察の失態ということになり、それは許されることではなかったであろう。
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