第41話 ブロンズの冒険者カード

「……ベールズさん、私、冒険者になってまだ2ヶ月も経っていないので、アイアン(鉄)のままで良いですよ」


「お前な……シルバーウルフを狩るアイアン(鉄)のパーティーがどこにいるんだ! ベアを倒したって聞いた時は"まぐれ"だと思ったんだが……受付で名前を呼ぶから、あっちで待っていろ!」


「えっ……はい」


 そっか、狩った魔物の種類が評価の基準なのね。


〖アスカは、依頼を受けないのでそうなりますね〗


 ――うん、依頼なんか受けたらストレスになるからね。


 今日中にゴブリンを○体とか、いついつまでにキラーアントを○体なんて胃が痛くなる。自分のペースで狩りをしたいからね。


 買い取り部屋を出て、掲示板を見ながら名前を呼ばれるのを待つ。


 あっ、シルバーウルフの毛皮収集の依頼がある。少し割高で買い取ってくれるのか……さっきの明細では普通の買い取り価格だったけど、依頼があるならその価格にしてくれればいいのにね。


〖アスカ、ギルドは依頼の有無を確認するほど優しくないですよ〗


 ――まぁ、そうよね。次からは掲示板を見てから買い取り部屋に行こうかな。ん~、食堂から視線を感じる。


〖食堂にいる何人かの冒険者が、エレナとレオンを見ています〗


 ――ワイルドキャットの従魔は珍しいみたいだからね。私も誰かが従魔を連れていたら見ると思う。


 間もなく、受付のギルド職員に名前を呼ばれて、革紐が付いた名刺サイズのブロンズ(銅)の冒険者カードを渡された……カードがピカピカね。


「アスカさん、冒険者ランクがブロンズ(銅)に上がりました。カードの名前を確認してください」


「はい」


 自分の名前と従魔欄を確認して、カードを首から掛けて胸元に入れる。


〖アスカ、アスカを見ている冒険者がいます――以前、アスカが治療したラウルと言う冒険者です〗


 ――治療? あぁ、スタンピードの時の……確か、ブロンズ(銅)の冒険者だったかな。


〖そうです。こちらに向かって来ます〗


 見ると、茶色い髪の冒険者がニコニコしながらこっちに来た。救護のベッドで寝ていたから分からなかったけど、ラウルさんは……あんなにガッチリした体格だったのね。年齢は……30代前半かな?


「よう、アスカ! この前はありがとな! (は、誰にも言ってないからな……)」


 気を遣ってくれているのか、ラウルさんの声が途中から小さくなる。


「ラウルさん、お久しぶりです……はい、ありがとうございます」


 軽くうなずくように頭を下げた。


 ラウルさんたちのパーティーは森の奥で狩りをしていて、数日ぶりに街に戻って来たという。


「つーか、アスカ……従魔が増えてるな。前は肩にスライムを乗せていたが」


「はい、最近テイムしたんです」


「フォレストウルフの従魔は見かけるが、ワイルドキャットは初めて見たな。アスカは<渡り人>の血筋か……なるほど、あの魔法といい納得だ」


 反応しにくいことを言う……ニコっと笑って誤魔化そう。


「アスカ、ワイルドキャットを触っても良いか?」


 へえ、先に聞いてくれるのね。


「聞いてみますね。エレナ、レオン、ラウルさんが触ってもいいか聞いているけど……」


 エレナは私の後ろに隠れた――嫌みたいね。レオンは『ミャ~オ』と鳴いて私の前に出る。「仕方ないな~」って? ふふ。


「エレナ……大人のワイルドキャットはダメみたいで、子供のレオンは良いみたいです」


「そうか! レオン、ありがとな!」


『ミャー!』


 レオンが一鳴きしてちょこんと座る。


「お前、可愛いなー! 毛がフワフワじゃねーか! ウハハハ!」


 ええ、そうでしょう? うちの子は可愛いんですよ。ふふふ、ラウルさんが両手でレオンを撫で繰り回している。


 レオンが嬉しそうに『ミャーミャー』とラウルさんの手に前足を掛けているけど、爪で引っ掻かないでね。


「アスカ、あの後パーティーに戻って魔物を狩りまくったんだが、スタンピードが終わって――俺たちは4人パーティーなんだが、全員シルバー(銀)にランクが上がったんだ!」 


〖アスカ、シルバー(銀)になれる冒険者は、全体の10%もいません。かなり腕の立つ冒険者パーティーだと思われます〗


 ――そんなに少ないの?


「シルバー(銀)の冒険者に昇級したんですか? 凄いですね……なかなかシルバー(銀)には上がれないんですよね? ラウルさん、おめでとうございます!」


「ああ、ありがとう。あの時、アスカのお陰で直ぐにパーティーに復帰できたから俺もランクが上がったんだ。だから礼をしたいんだが……」


 ライルさんは食堂をチラッと見て、パーティーメンバーもいるけど一緒に飲まないかと誘ってくれる。おごってくれると言うけど、気を遣うから遠慮したいかな。エレナたちもいるしね。


〖アスカ、相手が貴族でなければ、ハッキリ断っても大丈夫です〗


 ――ハッキリと……ビーさん、それが言えないのが日本人なのよ。


 でも私は、中身が人生経験豊富なステータス『精神力B』の大人なので、やんわりとしっかり断ります。


「ラウルさん、この後……従魔と泊まれる宿を取りに行かないといけないんです。お気持ちだけで、ありがとうございます」


 今日はまだ空きがあるけど、明日からは予約で満室だって言ってた。


「そうか、この街には従魔を預かる宿は少ないからな。アスカ、またの機会に奢らせろよ!」


 ラウルさんに、スタンピードの時、ギルドからちゃんと日当をもらったから気にしないでくださいと言ってギルドを出た。


〖アスカ、上手ですね〗


 ――ふふ、ありがとう。初めてビーさんに褒められたかも! ふふふ。


 先にローザさんの宿に行って、部屋を取ってから屋台に行こうか。



 ◇

「アスカ、今日は午前中で満室になっちまって……部屋が開いてないんだよ」


「えっ、空いてないんですか……」


 失敗した……予約するべきだった。


 何でもこの時期、北の<アークレイ>近くにある湖に、魚が産卵の為に上って来るそうで、その魚を狙って山からベアが下りて来るとか……どこかで聞いた話ね。


 王都や他の街から、その魚を買い付けに向かう商人が来て、馬車を留められる宿は、安い宿から商人とその護衛でいっぱいになるらしい。


「……分かりました」


 ローザさんの宿を出て大通りに向かう。


 仕方ない、前にベールズさんから教えてもらった素泊まり10,000ルギの宿に行ってみよう。部屋が空いてなければ、最悪、街の外で野営ね。


〖アスカ、街の中でテントを張ってもいい公園があるはずです。警備の詰め所か冒険者ギルドで聞いたら教えてもらえます〗


 ――公園でテントが張れるのは有り難いけど、公園だと結界が張れないよね?


〖そうですね。『聖魔法』を隠すなら結界なしでの野営になります〗


 ――そうよね……じゃあ、公園は最後の手段かな。ところでビーさん、ローザさんが話していた魚って鮭かな?


〖はい、日本で鮭やますと呼ばれる種類の魚で、こちらではセーモンと言い、弱いですが魔物になります〗


 ――サーモンじゃなくてセーモンなのね。私、サーモンの刺身やバター焼きが好きなのよね~。スモークサーモンとかチャンチャン焼きも好き……屋台で売り出さないかな?


〖アスカ、セーモンは人気があり、貴族向けの高級魚になります。<アークレイ>の屋台なら売り出すかもしれませんが、<フォス>だと――高級食材として市場に並ぶか、後は高級宿で季節の料理として食事に出すでしょう〗


 ――そっか。市場で売っていたらいいんだけど、高級宿はパスかな。<アークレイ>の屋台も魅力的だけど……ここからだと、馬車で1日半だったよね。


〖はい、北門から辻馬車が出ています〗


 スキルポイント稼ぎを兼ねて、セーモンを狩りに<アークレイ>に行くのもありだけど、エレナとレオンを<アークレイ>行きの馬車に乗せてくれるかな?


〖アスカ、他の客が嫌がると馬車に乗せてもらえない可能性があります。乗せてもらえたとしても、追加料金を請求されるでしょう〗


 ――追加料金を払うのはいいんだけど、他の乗客とトラブルになりそうね……。そういうのは面倒だから、他の街に行く時は野営しながら歩いて行こうか。


 その為にも、野営の経験を積んでおかないね。


 大通り沿いにある従魔OKの少し高い宿に行くと、2人部屋しか空いてなくて、素泊まりで1泊20,000ルギだと言う。


「よろしいですか?」


「えっと、はい……」


 驚きながら前金で20,000ルギ支払ったけど、ローザさんは明日から10日間くらい予約で空きがないって言ってたな……。


 半分森で野営したとして5日で10万ルギ……。うわ~、これって部屋を借りた方が安上がりじゃないの?


〖アスカ、それは借りる部屋によります。商業ギルドで部屋を借りられますが、冒険者ギルドで紹介状を書いてもらえば、身元保証になり話が早く進むでしょう〗


 ――分かった。明日、冒険者ギルドで紹介状を書いてもらえるか聞いてみるね。


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