第27話 教会へ

 大通りに出て、西門に向かう途中に『⇦教会はこちら』の看板がある。


 そこを曲がって歩いて行くと、日本で見るような十字架はないけど、3階建ての真っ白い石造りの建物が見えて来た。


 ……大きな教会よね。ビーさん、この世界の神様は1人だけ?


【はい、アスカを転移した創造神アリラートスだけです】


 ――創造神アリラートス様……神様の名前は、この大陸の名前と同じなのね。声は女性みたいだったけど、女神様かな? 他の神様もいるの?


【創造神アリラートスに性別はなく、この世界の神は創造神アリラートスだけです。過去には、創造神アリラートスをまつる教会を排除する為に、架空の神を祀る宗教組織がいくつかありました】


 ――架空の……カルトみたいなものかな。この世界の神様がアリラートス様だけなら、この教会であの……私を転移してくれた神様がまつられているのね。


 扉を押して中に入ると……誰もいない。通路が真っ直ぐに伸びていて、左右には長椅子がいくつも並んでいる。


 ――これって、海外の映画とかで見たことがある教会みたいね。


 正面には大きな机があって、その上に台座に乗った大きな水晶すいしょうが飾られている。


 ……神様の像じゃないのね。ビーさん、お祈りするのはあの水晶に向かってするのかな? 水晶の手前にはお賽銭さいせん箱? みたいな箱がある。


【アスカ、あの水晶はステータスを『鑑定』する時に使います。教会で神に祈る時は左右の椅子に座り、目を閉じて胸の下で両手をにぎるように合わせて祈ります。あの箱は寄付金や怪我の治療代、鑑定料を入れる箱です】


 ――あの箱は寄付金箱なのね。


 ビーさんに教えてもらった通りに、長椅子に座ってお祈りをする。


 目を閉じて両手を握る……神様、インベントリにお金やアイテムをありがとうございます。お陰で、何とか魔物を狩れて無事に過ごせています。頼もしい相棒のスラ君とも出会えました。ありがとうございます。


 ……、


 …………。


 ん……特に何もない。


 神様の声や姿か見えるとか、何かあるかもと期待したけど……ないのね。


 目を開けて寄付金箱に進み、財布から大銅貨1枚を出して入れた。


 ――少しですけど、ありがとうございます。


 キラキラと……水晶が輝いた? ように見えた。


【はい、輝きました】


 ……ビーさん、どうして?


【データにないので答えられません】


 ……そう。じゃあ、勘違いにしておこう。


 帰ろうと扉に向かうと、誰かがこっちを見ている。


 白いローブを着たスラッとした男の人。金髪で碧い目をした……あっ、救護テントにいたフラン司祭様だ。


「こんにちは。アスカさん、寄付をありがとうございます」


 フラン司祭様が、ニコニコと微笑みながら近付いて声を掛けて来た。


「フラン司祭様、こんにちは。スタンピードの時はお疲れ様でした」


「フフ、アスカさんもお疲れ様でしたね。アスカさん、これは教会の司祭にだけ伝えられた話ですが――半月ほど前、<渡り人>が来ると神託しんたくが下りました」


 フラン司祭様が嬉しそうに話すけど、その話を私にしてもいいの?


【教会に神託が下りることは知られています。その内容を話しても、特に問題にはなりません】


 ――そうなのね。


「そして、<渡り人>が教会に来られた時の注意点を確認するようにと、全ての教会に通達がありました」


 あぁ、教会は<渡り人>が助けを求めたら守ってくれるんだったね。


「アスカさん……アスカさんは<渡り人>だったのですね。こちらの世界には慣れましたか? 何かあれば、いつでも相談に来てくださいね。フフ」


「えっ……」


 フラン司祭様……どうして私が<渡り人>だって分かったの?


【<渡り人>が来る時、教会に神託が下りますが、転移する場所や名前・性別は知らされません。先ほどの、水晶の反応だと思われます】


 ……キラキラしたやつ?


「先程、執務室にある水晶を輝かせて、<渡り人>が来たことを知らせてくれました。ここの水晶も輝いていましたね……こんな現象は、教会の史書にしか書かれていません……」


 フラン司祭様、えっと……あのキラキラは神様がしたの? それが史書に書いてあって……ビーさん、史書って何?


【アスカ、史書とは歴史を記した書物で、司祭しか見ることが出来ません。そこに<渡り人>が教会に来た時、もしくは祈り・寄付をした時に水晶が輝いたと書かれていたのでしょう】


 ――そっか、先輩たちも輝かせたのね。


 フラン司祭様がうっとりと涙を浮かべて水晶に視線を移した……え、泣いているの?


【教会の史書に書かれていた『神の奇跡』を、自分の目で見られて嬉しかったのでしょう】


 ……信じている神がいるって、感じられるのは嬉しいかもね。


 <渡り人>がこの世界にいるのも神様の奇跡だと言われたらそうだし。そっか……今更だけど、ここは神様がいる世界なのね。


「ハァ~、神の奇跡をこの目で見ることが出来るとは、私はなんて幸運なのでしょう……。アスカさん、この教会に来て頂いてありがとうございます」


 あっ、フラン司祭様の涙がこぼれて、映画のワンシーンみたいで……フラン司祭様が嬉しそうな顔で私を見るから、いたたまれない気持ちになる。


 フラン司祭様、感動している所を……申し訳ないけど言っておこう。


「フラン司祭様……私は、フラン司祭様の言う通り<渡り人>ですが、普通の人間です」


 これは言わないけど――私は勇者でも聖女でもなく、中身はフラン司祭様より年上の普通のおばちゃんです。精神年齢は、少し肉体に近付いたかも知れないけどね。


「アスカさん、それは少し違います。こちらの世界に来る魂は、創造神アリラートス様に選ばれます。前の世界で、幼過ぎる魂や悪意を持って罪を犯した魂は招かれないと言われています」


 ん……そう言われると、神様は『精神と肉体の状態を見て』選んだって言ってたね。


「そしてその魂は……こちらの世界で魔物を狩る為に、<渡り人>として来られます。この世界の増え過ぎた魔物を狩る為に覚悟を持って来て頂いたのです。アスカさんもですよね?」


 えっ、覚悟って言われるほど大袈裟おおげさには考えなかったな。


 テイマーの言葉に釣られて、輪廻から外れて寄り道をするだけだと思ったのよ……言わないけどね。




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