第22話 スタンピード⑤ 2日目の午後
テントの中も怪我人だらけで、若い冒険者の男の子が、順番に怪我をした人にポーションを渡している。
――あの男の子がメルと交代で手伝いに来たのね。
ポーションで治らない人は、昨日いた若い司祭様と黒の修道服を着ているシスターが『回復魔法』を掛けている。
――今日はシスターがいるのね。
「冒険者ギルドからポーションを持ってきました。机に置きますね」
「はい、「ありがとうございます」」
声を掛けると、忙しそうな司祭様とシスターがちゃんと返事をしてくれる……
ポーションを置いてある机に行くと、乗り切れなかったポーションの箱が、机の横に山のように積んである。
机の反対側を見ると、ポーションの空き瓶と空箱が散らかっていて……片付ける暇もないのね。
ポーションの空き瓶と箱を片付けていると、机の上のポーションがどんどん減っていくので、空いたスペースに運んできたポーションを置いていく。
――今日は人が多いから、ちゃんとアイテムバッグから出すフリをしないとね。
「ぐっ、
衝立の奥から声が聞こえた……怪我の酷い人がいるのね。
「中級ポーションで傷は治しましたが、どうやら
「うぐっ、司祭は……『聖魔法』を使えねぇのか?」
「はい、先程からベアやワイルドホーンの攻撃で、骨折して運び込まれる方が多くて……MPを使い切ってしまいました。すみません」
ベールズさんが話していた森の奥にいる魔物ね。
「いや……俺もしくじってベアにやられたんだ。MPがないなら仕方ねえ……。うっ、しかし息をするのも……、フウー、痛いなぁ……」
痛そうね……ビーさん、骨折を治せるのは『聖魔法』なの?
【いえ、スキル『回復魔法C』を持っていれば骨折も治療できます。『聖魔法』でしたら『D』で治せます】
自分のステータスを確認したら、『回復魔法』は『B』で『聖魔法』は『C』……両方持っている。
――ビーさん、骨折を治す時の消費MPはどっちが少ないの?
【両方とも消費MPは4で同じですが、アスカは以前「貴族が出て来たら困るから<渡り人>だとは言わないでおこう」と言っていました。<渡り人>であることを隠すなら、『聖魔法』ではなく、『回復魔法』を使う事をお勧めします】
……ビーさん、『聖魔法』を使うと<渡り人>だって分かってしまうの?
【はい。『聖魔法』を使うとキラキラと光るので、司祭は勿論ですが、教会で治療をしたことのある冒険者にも『聖魔法』が使われたと分かってしまいます。そして、司祭以外に『聖魔法』を持つ者はほぼいないので――司祭にはアスカが<渡り人>だと思われるでしょう】
――それは困る。
この世界の子供は、みんな教会でステータスを見てもらうので、その時『聖魔法』のスキルを持つ子供がいると、教会から司祭になりませんかと勧誘されると言う。
そして、強制じゃないのに99.9%の子供が司祭になるんだって……ビックリだけど、それだけ信仰が厚いのね。
……ってことは、司祭様じゃない人が『聖魔法』を使う=<渡り人>ってなるの?
【はい、過去の事例から司祭や貴族はそう考えるでしょう】
――過去の……あぁ、先輩たちね。
【司祭に『聖魔法』を見られて、<渡り人>だと知られても問題ありませんが、それ以外の人が『聖魔法』を見ると噂になり、騎士の耳にも届くでしょう。騎士の殆どは貴族なので、アスカが思う困ったことになる可能性が出てきます】
……分かった。じゃあ、人前で『聖魔法』は使わないようにする――ステータス・オープン。
――――――――――――――――――
名前 アスカ
経験値 574
HP 41/42
MP 55/55
――――――――――――――――――
MPは55ある。『回復魔法C』はMP4消費するから……13回は掛けられるね。でも、何かあった時の為に、使うのは10回までにしようかな?
【それがいいでしょう】
……でもね、『回復魔法』はスラ君と自分にしか掛けたことないのよ。それに何て声を掛けよう……。
こういう時、女は度胸って……"女は度胸"って誰が言ったのかしらね。本当は"男は度胸、女は
「あの……司祭様……」
衝立から少し中に入って、司祭様に声を掛けた。
金髪のすらっとした司祭様は、30代半ばに見える。目が
「はい……? ああ、ポーションを運んでくれる冒険者の方ですね。どうかされましたか?」
ベッドを見ると、アラサーくらいの男の冒険者が寝ていて、息をする度に痛そうに顔をしかめている。
「あの、骨折しているって聞こえて……。私、スキル『回復魔法C』を持っているので、もしかしたら……その冒険者の方を治せるかも知れないと思って。でも、実際に『回復魔法C』を使ったことがないんです……」
私ちゃんと話せているかな?
【アスカ、問題ないですよ】
――よかった。ありがとう、ビーさん。
「それで……」
続きを話そうと思ったら、司祭様と冒険者の顔が……驚くほど目を見開いて、私の言葉を
「えっ!?
「すげえ……! お前……『回復魔法C』を持っているのか? うぐっ、痛っ、いててて……」
「えっ……?」
反応が思っていたのと違う……。「それなら試してみようか」「ダメでもいいよ」って、ウエルカムな反応が来ると思っていたのに凄く驚かれた……なぜ?
【スキル『回復魔法C』を持っている人が少ないからです。『回復魔法』を持つ人の殆どは『E』か『D』で、教会の司祭やシスターでも『回復魔法C』以上を持っている人は数える程です。冒険者の場合は自分のステータスやスキルレベルを隠す傾向にあり、シルバー(銀)とゴールド(金)ランクの冒険者に数名いるだろうと言われています】
……そんなに少ないの? 目立つね……その情報、もう少し早く知りたかったな。
ビーさんは質問しないと答えられないから、言っても仕方ないんだけど……でも、『聖魔法』を知られるよりはいいのよね?
【はい。『回復魔法C』を持っていても<渡り人>だとは思われません】
……もう『C』だと言ってしまったし、<渡り人>だと思われなければいいか、いいよね。
「あの……やったことがないので治せるか分かりませんけど、『回復魔法』を掛けてみてもいいですか?」
「『回復魔法』が『C』なら……骨折が治せるって言われている。頼む! 試してくれ……この痛みが消えたら有難い! ぐっ、いってぇ……」
「ええ、そうですね。お嬢さん、お願いします」
お嬢さん……「お嬢さん」なんて若い時でも言われた事ないかも。「お嬢ちゃん」は、この前ベールズさんに
――ビーさん、人に『回復魔法』を掛ける時は、どうやるのが普通なの?
【怪我をしている部分に手の平を向けて、『回復』と思えば魔法が発動します。ですが、アスカの場合は『聖魔法』と区別する為に、『回復魔法C』と考える方がいいでしょう】
――あぁ、キラキラが出たら困るものね。分かった。
ベッドで寝ているアラサー冒険者の胸元に手の平を向けて、声に出さずに『回復魔法C』と考えると、手から淡い光が溢れて冒険者の胸あたりに吸収されていく。
「お、おっ? 暖かい……痛みが……」
アラサー冒険者の表情が、だんだん和らいできた。
「あの……どうですか?」
「ん……ス~、フーー! おっ、深呼吸しても痛くないぞ! 治ったみたいだ……助かった! 俺はブロンズ(銅)のラウルって言うんだ。ありがとな!」
「良かったです。 私はアイアン(鉄)冒険者のアスカと言います。ソロでテイマーをしているんですけど、あの……」
私が『回復魔法C』を使えることは秘密にして欲しいと、ラウルさんと司祭様にお願いした。
「アスカはソロなのか? あー、『C』だと知られたら引き抜きが
「そうですね、分かりました。私も言いません」
「お願いします……」
……もう少し、このままそっとして欲しい。知られたら……知られた時に考えよう。
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