第21話 スタンピード④ 2日目

「MPを……増やさなきゃって、思うんです……」


 女の子がポーションをつつきながらしみじみ言う――そうね、MPが少ないと不安になるよね。


「でも……そう簡単には増えないでしょ?」


 ガバッ! と女の子がこっちを向いた。


「そうなんですよ! 狩りを頑張っても、1ヶ月でMPが2とか3しか増えないんです!」


 訴えるように私の顔を見るのが可愛い。ふふ。


「あっ、私、メルって言います」


「私はアスカ、この子はスラ君。メルさん、よろしくね」


 そう言ったら、「えっ! アスカさん、私、年下なんでメルでいいです!」と言われた。初対面だから年下とか関係ないんだけど……。


「そ、そう……分かった……メル」


「はい! ふふ」


 スタンピードの間、メルは『回復魔法』を使える他のアイアン(鉄)ランクの冒険者数人と、交代で救護用のテントの手伝いをすることになっていて、MPがなくなっても交代の時間までお手伝いするそう。


 ――メルは人懐ひとなつっこい性格みたいで、色々と話してくれるけど、お手伝いしなくてもいいのかな?


【MP切れで『回復魔法』が使えなければ、手伝えることも少ないのでしょう】


 ――そっか~。汚れたタオルや布を1枚ずつなんて洗わないからね。


 メルが離れたから、ポーションの空箱を商業ギルドに持って行こうか。


 ◇

 救護テントを出て、商業ギルドに向かいながら考える。


 メルは1ヶ月でMPが2~3しか増えないって言てったけど、私は……狩りに行った翌日にはMPが1~2は増えている。<渡り人>だからかな?


【はい。<渡り人>は、この世界の人間に比べてステータスが上がりやすいです。特にアスカの場合はソロなのもありますが、ステータスの攻撃力・防御力が低い為、弱い魔物を倒してもHPとMPは増えます】


 ――あぁ、ゲームとかでは、弱い魔物を倒しもステータスは上がらなかったりするけど、私の場合、強い魔法が使えてもステータス値が低いから、弱い魔物でも同等とか格上になるのね?


【そのとおりです。スキルがなければ、アスカのステータス(HP・攻撃力・防御力)から考えると、ラット・キラーラビットと同等だと思われます】


 ――えっ! でも、言われて見ると……魔法を使わずに私1人でキラーラビットを狩るのは……厳しいかも。ラットに突進されたら……吹っ飛びそうね。


 ◇

 冒険者ギルドの前――大通りを挟んだ向こう側に広い公園がある。


 公園の周りには背の高い木が植えられていて、花壇や街灯・中央に噴水ふんすいもある。手入れされたフランス式の――左右対称の公園になっていているのよ。


 市場の近くにある、空き地みたいな公園とは雲泥うんでいの差で……月とスッポンとも言うわね。


 広場の中にはあちこちにベンチがあって、今日はこのベンチに座ってスラ君とお昼にしよう。


 インベントリからホットドッグを2個出して、1個はスラ君に渡し、私もホットドッグに齧りつく――スタンピード中に、こんなに綺麗な公園でお昼なんて誰かに怒られそうだけど、昨日はお昼を食べられなかったから良いよね。


 そんなことを考えていたら、大きな音が聞こえて来た。何? あの音……。


【複数の馬が走るひづめの音です。北門から聞こえて来るので、<アークレイ>からの騎士団の援軍でしょう】


 ――援軍! ここから<アークレイ>まで、馬車で1日半掛かるって聞いたことあるけど、もう来たの?


【それは馬車をゆっくり走らせて、途中で1泊するからです。馬を走らせて来れば、途中で馬を休ませても1日で来られます。魔道具の通信機があるので、スタンピードだと判断した一昨日の夜には<アークレイ>へ知らせを送ったと思われます】


 ――通信機……先輩たちが作っていそうね。


 ベンチから立ち上がってスラ君を左手に抱え、右手にホットドッグを持ったまま、公園の木に隠れるようにして、北門へ続く大通りを見る。


 ……あ、来たわ。


 大通りを、シルバーのプレートアーマーを装備した騎馬隊が砂埃すなぼこりを上げて走って来た。


 街の中央で交差する大通りの四つ角を西門へと曲がって、何百もの騎馬隊が列をなして走って行く――カッコイイ!


 見ているだけで心臓がドキドキしてきた……応援が来たって知らせないと! 誰に……?


【アスカ、北門から騎馬隊が見えた時点で、北門の警備兵から各所に連絡が行っているでしょう】


 ――あっ、そ、そうよね。ビーさんの冷静な説明文を見ても落ち着かない……私も何か手伝わないと。


「スラ君、食べたらベールズさんの所に仕事をもらいに行くよ!」


 プルルンと返事をしたスラ君が、腕から肩に移動する。


 スラ君はもうホットドッグを食べたのね。私も急いで食べよう。


 ◇

 冒険者ギルドに入るとピリピリした雰囲気ふんいきで、大きな声が飛び交っていて……低音のイケボも聞こえる。


「誰か! 今届いた薬草を裏の薬屋に持って行ってくれ!」


「僕が行きます!」


「ベールズさん! <アークレイ>からポーション1,000本! 援軍の騎士団が持って来たと連絡が来ました!」


「おっ、援軍が来たか!」


「「「おおー!」」それだけあれば足りそうだな!」


 ポーションが1,000本! 凄いね。皆さんも喜んでいる。


「足りんわ!」


「「えっ、「……」」」


 イケボの一声で、一瞬で静かになってしまった。


「さっき、ベアやホブゴブリンだけじゃなく、ワイルドホーンも出て来たって報告があったからな……」


「「「なっ! ワイルドホーン……」」ベールズさん、森の奥にいる魔物じゃないですか!」


「そうだ! 今回は森の奥にいる魔物も出て来やがった! 援軍が間に合ったのが救いだが……スタンピードのピークは明日・明後日だと思え!」


「「「明日……」明後日……」今日じゃないのか……」


 弱い魔物だけじゃなくて、強い魔物も出て来たのね……。


「ベールズさん! 東の<オーロ>にポーションを買いに行ってきます!」


「おう! ポーションを買い占めて来い! 薬草もだぞ! あー、『回復魔法』を使える奴がいたら引っ張って来い!」


「分かりました!」


 私も『回復魔法』を使えるんだけど……。


「ベールズさん……あの……」


「おう! アスカ、<アークレイ>からポーションが1,000本届いたらしいから暫くは持つだろうが、取りあえずここにある100本を持って行ってくれ。その後――」


 救護テントでの手伝いや、空瓶を商業ギルドに持って行くようにと指示された。


「アスカ、ポーションの残りが半分――500を切ったら、ポーションを取りに戻って来い!」


「……分かりました。このポーションを持って救護テントに向かいます」


 ◇

 ギルドを出て西門に向かうと、門の向こうの怒号が朝より大きい……援軍の騎士団が加わったからね。


 西門近くのテントで、デリクさんに声を掛けて救護テントに行くと、怪我をした騎士様や冒険者がテントに入りきれないみたいで……溢れている。


 ええっ! 朝より酷い状況よ……。


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