第19話 スタンピード② 1日目

 ◇◇

 朝――目が覚めて、ビーさんに今何時かと聞いたら朝の6時だと言う。


 昨日の夜は、スタンピードが気になってなかなか寝られなかったのに……いつもより早く目が覚めてしまった。


 朝食を食べに食堂に行き、いつものカウンターに座るとローザさんが声を掛けて来た。


「アスカは、他所よそでスタンピードの経験はあるのかい?」


「いいえ、初めてです……」


「そうかい。ここのスタンピードは森から魔物が溢れてくるんだけどね、始まってから2~3日がピークで、その後は森から出て来る魔物の数が少なくなるんだ……」


 ローザさんは、街に常駐している騎士団がいるし、明日にでも公爵様がいる北の街<アークレイ>から騎士団の援軍が来るだろうから、スタンピードは4~5日あれば落ち着くだろうと言って、調理場へ入って言った。


 <フォス>の街の領主は伯爵様で、街の南東にお屋敷があるって聞いたような……。公爵家の騎士団が援軍に来るの? 王都からじゃなく?


【アスカ、ここ<フォス>を含む<ラヴァール王国>の北西側は、アークレイ公爵領になり、この街はアークレイ公爵から任命されたフォス伯爵が管理しています。そして、スタンピードや魔物が異常発生した際、アークレイ公爵家の騎士団が素早く討伐に向かいます】


 ――アークレイ公爵が、領地内の街を管理する貴族を任命しているの? 爵位や領地を与えるのは王様じゃないのね。


【この国では3つの公爵家が領地を管理しています。その公爵領内の街を管理させる貴族は公爵家が任命し、それを許可して爵位の授与や陞爵しょうしゃくするのが国王になります】


 ……えっと、管理させる人を公爵が選んで王様はハンコを押すだけなのね。じゃあ、スタンピードの討伐は、その領地を持つ公爵家がするの?


【はい、そうです。この国では、スタンピード時、王都から騎士団を討伐に向かわせると時間が掛かるので、各公爵領が騎士団を持ち魔物の討伐を任されています】


 ――王都から騎士団を派遣するより、その方が早くて良いのか。被害も少なくなるだろうしね。


 それにしても、街の名前がそこをおさめている貴族の名前と同じなのは分かりやすいね。


 と言うことは――<アークレイ>の街は、さっき言ってたアークレイ公爵が管理しているってこと?


【その通りです。何か問題を起こして、街を管理する貴族が変わることもありますが、その場合は街の名前も変わります】


 ――街の名前が……その街で生まれ育った人は嫌だろうな。


 それにしても、ローザさんだけじゃなく宿泊客も落ちついていて「スタンピードか、仕方ないな。今日中にこの街を出ようか」とか「スタンピードが終わるまで滞在を伸ばそう」って話をしている。


 朝食とコーヒーを持ってきてくれたローザさんに質問した。


「ローザさん、スタンピードなのに落ち着いていますね……慣れているんですか?」


「そうだね、この街のスタンピードは数年に1度あるから、みんな慣れているよ。帝国がダンジョンの管理――間引きの手を抜いたら2年続けてあるんだよ」


 一口飲もうとしたコーヒーをこぼしそうになる。


「ええぇ……、2年続けてですか……」


 手抜き……自分の国の被害の方が大きいだろうから、わざとじゃないだろうけど。


「ああ、私が若い頃にあったんだ……まあ、そういう時は、王都や他の公爵領からも騎士団が応援に来るけどね」


 王都からも……完全に公爵家にお任せじゃないのね。


「あっちの国は、ダンジョンが多いから大変なんだろけど、たまったもんじゃないよ」


「ダンジョンが……」


 それも大変そう……。


 スタンピードは必ず起きるから、この街の人は常に備えていると言う。市場も屋台も売る物がなくなるまで開いているんだって、たくましいな。


「まあ、スタンピードの後は、あちこちから商人が買い付けに来るから、多少は街がうるおうんだよ。たまに珍しい魔物が倒されると、大騒ぎになるからね!」


「そうなんですね……」


 スタンピードは悪い事ばかりじゃないのね。


 朝食を食べ終えて、今夜の宿代を4,000ルギ支払う……スタンピードが落ち着くまで、狩りに行けないから節約しないとね。


 屋台で惣菜パンを買ってから冒険者ギルドに向かおう。やっているといいけど……。


 ◇

 スラ君を肩に乗せてギルドに向かうと、まだ冒険者ギルドの屋上から赤い煙がモクモクと上がっている。


 冒険者ギルドに入ると冒険者の姿はなくて、バタバタと職員らしき人が走り回っている。


「アスカ! 来たか、こっちだ!」


 私を呼ぶ低音ボイス……イケボの方を見ると、受付にベールズさんが座って私を手招きしている。


「ベールズさん、おはようございます」


「おう! アスカ、スタンピードの時は、街にいるブロンズ(銅)以上の冒険者は全員参加になるんだ。ランクの低いアイアン(鉄)の冒険者は狩りには参加せず、雑用をしてもらうんだが、アスカには俺の補助をしてもらうからな」


 ……ビーさんの言っていた通りね。


「分かりました。ベールズさん、何をすればいいですか?」


 ベールズさんが、受付カウンターに重ねられた箱を軽く叩きながら言う。


「アスカ、先ずこのポーションが入った箱――10本入りの箱が10箱あるんだが、これを西門にいるデリクに渡して来てくれ。お前なら1人でも余裕で運べるだろ? アイアン(鉄)でを持っている奴は少ないんだ」


「……はい」


 私の為に言ってくれているんだろうけど、そこを強調しなくても普通に言えばいいのに……。


 インベントリには空きがあるから大丈夫。インベントリで運んだら重くないし、割れないから安心よね。


「アスカ、昨日の夜から第一陣の冒険者たちが魔物を狩りに森に入っている。わざわざ魔物が森から出て来るまで待ってやる必要はないからな」


 確かに。ベテランの冒険者ばかりなら、魔物が草原に出て来るのを待たなくてもいいよね。


 弱い魔物なら私でもって思うけど、数が多ければ足手まといになるのは分かっている。


「昨日の時点で、救護テントにポーションを100本準備してあるんだが、そろそろ第一陣組が戻って来て、怪我した奴らが治療を受けているだろう――」


 早朝から、騎士団と第二陣の冒険者たちが森へ向かったから、ポーションを補充しておきたいと言う。


「あー、アスカ、アイテムバッグから出すんだぞ。スライムは――肩か」


 ……言われなくても、屋台で串焼きやパンを買う時も、ちゃんとショルダーバッグに入れてから、インベントリに入れていますよ。


 インベントリからそのまま出すのは、買取りカウンターにベールズさんがいる時だけです。


 狩りから戻って来て、冒険者ギルドに行く前は、スラ君に肩に乗るように言っている。時々忘れるけど、それはご愛嬌あいきょうよ。


「……ベールズさん、西門にいるデリクさんに、このポーションを届ければいいんですね」


 言われたことを復唱ふくしょうしながら、ポーションの箱をショルダーバッグに入れる振りをして、インベントリに入れていく。


 ……これがポーション。半透明のガラスの瓶に緑色の液体が見えるけど、サラッとした青汁みたいで美味しそうには見えない。ジュースじゃなくて薬だから、美味しくないのは当たり前か。


 ベールズさんに、このポーションは1本いくらするのか聞いたら2,000ルギだと言う。


 ――えっ、安くない? もっと高いと思っていた……。


【商業ギルドでは、HP20程度回復する初級ポーションの値段は、2,000ルギで販売するように決められています。教会で治療して貰えば、怪我の程度にもよりますが、1,000~2,000ルギで治してくれるので、妥当だとうな値段だと思われます】


 ――そっか、教会で治してくれるから、初級ポーションの値段を高くすると売れないのね。


 初級ポーションの販売価格は決まっているけど、HPを30以上回復する中級ポーションは、作った薬師が自由に値段を決めて販売しているんだって。そっちは高そうね。


「アスカ……お前、ポーションの値段を聞くってことは、ポーションを持たずに狩りに行ってるのか? 狩り場が草原でも1個くらいは買っておけ」


「はい……」


 ベールズさんの言う通りね。スタンピードが落ち着いたら買いに行こう。


 ◇

 冒険者ギルドを出て、大通りを小走りに西門へ向かう。


 西門が見えて来ると、大通り沿いには大きなテントがいくつも張られているのが見える。


 西門が近くなると、門の向こうからかすかに声が……まだ遠いけど、魔物の唸り声やワーワーと……怒号どごうが聞こえて来る。


 その声を聞いたら、心臓がバクバクして来た。


 ……えっ、こんなのが数年に1度あるの?


【この大陸では、ダンジョンのスタンピードだけではなく――規模の大小はありますが、瘴気が溜まって魔物が大量発生することがよくあります】


 ……よく、あるのね。


 


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