第17話 フォレストウルフ

 魔物を狩りながら街の南にある川へ向かう。


 スラ君はスライムを見つけると、体当たりした後にパンチで倒してしまう。


 ――ええ、瞬殺よ。


 ラットとキラーラビットは、私が『風魔法E』を撃った後に体当たりをするか、『水魔法』でウオーターカッターを飛ばして止めを刺すの。


 ――スラ君の『水魔法』を見たら、抱き上げて頬ずりしたくなるのをぐっと我慢がまんするのよ。


 スラ君が魔法を使えるようになるなんて思わなかった。ただね、スラ君の『水魔法』のレベルが分からないのよ。


 私のステータスには魔法のレベルが書かれているのに、スラ君のステータスには書かれていないの。


 ビーさんに聞いたら――魔物の場合、生まれつき持っているスキルにレベルはないけど、その魔物のレベル(スラ君はレベルE)とステータスで変わって来ると言う。


【ですが、魔物のレベルが上がり、派生して覚えたスキルについてのデータはありません】


 逆に、人間にはレベルがないから魔法にレベルが表記されるみたいで、10歳と成人の15歳の時に、教会に行けば無料でステータスを調べてくれるそう。


 2回目の15歳の時に、スキルが増えていることもあるんだって。


【人間にはレベルはありませんが、仕事や生活に関連するスキルが派生することがあります。勿論、<渡り人>もです】


 ――へえ~、私も増えるかも知れないのね。



 南に3時間ほど歩くと、木々が立ち並んでいるのが見えてくる。その向こうに川があるんだけど、川幅が広くて深そうなので、歩いて渡れそうにないのよ。


 川下に向かって1日くらい歩いたら、橋があるってビーさんが教えてくれた。


 この辺には何度か来ていて、大きなミミズの魔物ワームとカエルの魔物がたまに現れるんだけど、両方とも弱くて『風魔法E』だけで倒せる。


 ミミズは魔核を取ったら、そのままミミズが出て来た穴に押し込んで、土をかぶせて埋めている。初めてミミズを倒した時、スラ君が食べてくれたたけど、美味しそうには見えなかったのよ。


 だから、2回目の時スラ君に「魔核を取り出してくれたら、ミミズは食べなくてもいいよ。美味しくないでしょ」って言ったら、スラ君が背を伸ばして首を横に傾げたの……どこでそんな可愛い仕草を覚えたの!


 ビーさんに、スライムは表現力豊かな魔物なのかと聞いたら【スラ君は賢いので、街で通りすがりの人間――子供や女性の仕草を見て真似まねたのでしょう】と言う。


 ……恐るべし、スラ君。


 それからスラ君には、ミミズの魔核だけを取ってもらっている。他に食べる魔物がいるからね。


 カエルの魔物は、茶色いヒキガエルみたいで小型犬くらい大きい。魔核100ルギ・モモ肉が2個100ルギで売れるんだけど、ギルドで解体してもらったら赤字になるのよ。


 だから、スラ君に魔核を取り出してもらったら食べてもらっている。モモ肉が売れるんだから、ミミズより美味しいと思うのよ。


 ――あれ、川上から茶色い大きな犬が来た……もしかして?


【あれは犬ではなく、フォレストウルフです】


 ……やっぱり。ビーさん、どの程度の『風魔法』を撃てば倒せるかな?


【個体のHPによりますが、『風魔法D』なら2~3発、『C』なら1~2発で倒せます。『B』なら1発で倒せますが、多数の風の刃のあとで毛皮が売れなくなります】


 ――それは困る。『風魔法D』を3発も撃つ時間はないだろうから『C』を1~2発ね。


「……スラ君、やっぱりフォレストウルフが来たよ」


 スラ君がプルルンと返事をすると、スルスルと私の前に出た。


「スラ君、いつも通りに――私が魔法を撃ったら止めを刺してね。フォレストウルフが近付いて来たら魔法を撃つからね」


 スラ君がプルンと返事をしたと思ったら、背を低くしてスルスルと草原の中に消えていく姿は――獲物を狙ったプロのハンターね。


 フォレストウルフがふと足を止めたと思ったら、ゆっくり近寄って来た……うなり声が聞こえる。


『グルル……』


 もう、自分の魔法がどこまで届くか分かっているんだけど、初めての魔物を倒す時は慎重に……魔物との距離を注意深く見て、手を向けて詠唱する。


「『風魔法C』――」


 大きな無数の風の刃が、勢いよくフォレストウルフに襲いかかる――。


 シュー、シュババッー!


 ――上手く胸元に命中した!


『ギャウン! ガガァー!』


 フォレストウルフは倒れることなく、牙を剥き出して突進して来る――次はスラン君だけど、続けて魔法を撃てるように手を向けて準備。


 タプン、シュバッー!


 スラ君の『水魔法』がフォレストウルフの前脚部分に命中し、フォレストウルフが前のめりに地面に倒れ込み、そこにスラ君のこぶしのような触手が勢いよくフォレストウルフの顔へ――


 バッコーン!


『グガアァ……』


 スラ君は、フォレストウルフが起き上がって来ないか見ているようで、目一杯めいっぱい背伸びをしてフォレストウルフを見下ろしている。


 最近、スラ君が殴った時の音が変わったのよね……『バッコーン!』よ。


「スラ君、ありがとね」


 倒したフォレストウルフをインベントリに入れて、ビーさんにフォレストウルフの買取り部位を聞いたら、魔核が500ルギで毛皮が1,000ルギだと教えてくれた。


 ――キラーラビットより良い金額ね。


「スラ君、お昼休憩したら戻ろうか」


 目の前でスラ君がプルルンと返事をする。ふふ。


 その辺に座って、インベントリから屋台で買ったホットドッグを2個出す。1個はスラ君に渡して、自分も食べる。


 流石さすがに、毎日惣菜パンを食べていたら飽きてきて、味変あじへんしようと思って、市場でマヨネーズを探したんだけど売ってなかったの。


 先輩たちは、なぜマヨネーズを作ってないの……車より先でしょ?


【どこかの貴族の家に、レシピはあるかも知れません】


 ――なるほどね。レシピは公開しなくていいから、マヨネーズを売り出して欲しいな。高くても買うから。


 作り方は知っているけど、アレ……作るのは面倒なのよね。


 ◇

 スラ君を抱いて西門に戻ると、警備兵は朝と同じでオリバーさんとニールさんで、軽く挨拶して街に入ろうとしたら、オリバーさんに呼び止められた。


「アスカ、さっき森の魔物が異常に増えていると報告があった。今、ベテランの冒険者たちが森へ調査に向かっているが、それが本当なら近いうちにスタンピード……森から魔物があふれて来るぞ……」


「えっ、オリバーさん……スタンピードですか?」


 それって、マンガや小説で書かれている、ダンジョンから魔物がいっぱい出て来るヤツよね?


【そうです。後は、どこかに大きな瘴気溜まりが出来て、魔物が異常発生することもスタンピードと言う場合があります】


 ……瘴気溜まり。


「アスカの顔を見ると、住んでいた村では、スタンピードの被害はなかったんだね」


 するどいですね。


「ニールさん……。はい、聞いた事はありますけど、実際には……」


「そうか、山の上の方だと被害はないのかもね。アスカ、ここからずっと南西――隣の<カガン帝国>側の森にダンジョンがあるんだよ。そのダンジョンがスタンピードを起こすと、森に魔物が溢れて縄張り争いが起きて――」


 縄張り争いに負けた魔物や、弱い魔物たちがこっちの草原まで逃げて来るんだと言う。


 ……ダンジョンがあるのね。魔物がいる世界だから、あっても不思議じゃないけど。


「帝国側でスタンピードが起きたら、直ぐに王都から知らせが来るんだが……今回は来てないんだ。もしかしたら、森のどこかに……見つかっていない新しいダンジョンが出来たのかもな」


「えっ、オリバーさん……」


 森には狩りに慣れた冒険者が入っているだろうから、ダンジョンがあったら見つけていると思う。


「……オリバーさん、怖い事を言ってアスカを怖がらせないでくださいよ」


 ニールさんが横目でオリバーさんを見る。


 ――そうですよ。もし、見つかっていないダンジョンがあるとしたら……そんなの魔物が溢れ放題じゃない。


「ニール、知らせが来てないから可能性はあるぞ。後は森の奥で瘴気溜まりが出来て、ある種類の魔物が異常発生した可能性もあるが」


 さっきビーさんが言ってたやつね。


「アスカ、調査の結果次第だが、スタンピードの前兆だと判断されたら、西門は直ぐに閉鎖されるからな」


「……分かりました」


 スタンピードだと判断されたら直ぐに西門が閉鎖されて、翌日には北門と東門が閉鎖されると言う。南門は貴族専用で、普段は閉まっているそう。


 そして、<フォス>の領主から冒険者ギルドに、緊急のスタンピード制圧の参加要請が出て、この街に常駐じょうちゅうしている騎士団と冒険者で魔物の討伐が始まると言われた。




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