第13話 ラット

 スライムとキラーラビット以外の魔物を狩りたいけど、警備兵さんが言っていたゴブリンはまだ早いと思うのよね。ゴブリンはもう少し狩りに慣れてからかな。


 だから森の方には行かないで、草原の少し南側で狩りをしよう。


 スライムとキラーラビットを狩りながら進むと、離れたところにカピバラみたいなのが見えた。


 スラ君が足元で、背伸びをしてせわしなく左右に揺れている。


 ――ビーさん、あれは動物? それとも魔物?


【あれはラットと言う魔物です。攻撃力は低いですが、真っ直ぐに突進してみつきます】


 ――名前はネズミだけど、いのししみたいな動きをするのね。『風魔法E』で倒せる?


【魔物の強さやHP量は、同じ種類の魔物でも個体差があります。ラットの場合、小さいサイズでしたら『風魔法E』で倒せますが、あのラットは平均的な大きさなので『風魔法E』を2発か『風魔法D』で倒せます】


 ――『風魔法D』を撃てば倒せるのね。


 スラ君がススーっと前に出た。そっか、スラ君と一緒に倒せばいいから、私は『風魔法E』を撃とう。


「スラ君、私が先に魔法を撃つね」


 私の声に反応して、スラ君がプルルンと返事をしたかと思ったら、草むらへと入って行く。


 あっ、カピバラと目が合った。


『ジュー!』


 ラットが威嚇いかくして来たと思ったら、するどい牙を見せて突っ込んで来る。普通、ネズミって人間を見たら逃げるよね……。


 突進して来るラットに手を向けて『風魔法E』とつぶやいた。


 シュバッー!


『ジュ、ジュッ……』


 当たった! けど、ラットはヨロヨロしながら、まだこっちに向かって来る……ビーさんの言う通り『風魔法E』1発では倒せなかった。


 前方で待ち構えていたスラ君が、触手を振り上げるように伸ばして、ラットに振り落とす。


 バチーン!


 ラットは地面に叩きつけられた……痛そう。


 スラ君はラットの前で、これ以上伸びないだろうと思うぐらい背伸びをして、じっとラットを見ている……スラ君に目はないけど、たぶん見ていると思う。


 ――ビーさん、ラットは買い取ってもらえるの?


【ラットの場合、買い取ってくれるのは魔核のみで、価格は100ルギになります。魔核の買取り価格はどこのギルドでも同じです】


 魔核以外の部位は、ギルドによって買取り価格が違うこともあるんだって。需要じゅようと供給ってやつね。


 100ルギか……。ギルドで、キラーラビットの解体手数料が300ルギだったから、同じ額の手数料を取られたら赤字ね……自分で魔核だけ取り出そう。


 ――ビーさん、ラットの魔核がある場所はどこ?


【殆どの魔物は、人間で言う心臓がある場所にあります】


 ――了解。ビーさん、魔核を取り出した後のラットの死骸しがいはどうすればいいのかな?


【魔物の死骸は、他の魔物が寄ってこないように穴を掘って埋めたり、燃やしたりして処理します。今でしたら、スラ君に吸収してもらうことをお勧めします。朝にパンを食べただけなので問題なく吸収してくれるでしょう】


 ――そっか、スラ君のご飯になるのね。


「スラ君、今からラットの魔核を取り出すから、その後、このラットを食べて欲しいの。スラ君、食べられるかな?」


 スラ君がプルルンと返事をすると、ラットを包むように伸びて広がった。


「へえ~、スラ君より大きなラットを包めるのね……あっ、待ってスラ君、先に魔核を取り出さないといけないのよ……」


 スラ君がポンと何かを飛ばして来た。拾ってみると、小指の先くらいの……茶色い小さなビー玉? これはもしかして……。


【はい、ラットの魔核になります】


「えっ、スラ君は魔核を取り出すことが出来るの? 凄いね……」


 これからも、スラ君にお願い出来るかな?


【通常――レベルFのスライムは、テイムした主の指示でも細かい作業――魔核を取り出すことは出来ないでしょう。スラ君が他のスライムに比べて器用で、ステータス値には現れない『知力』が高い可能性があります】


 ――へぇ~、スラ君はかしこいのね。


 スラ君は、ラットを食べるのに時間が掛かっていた。自分の倍以上の大きさはあるから仕方ないよね。


 その後も狩りを続けて、お腹が空いてきたので休憩にする。


 インベントリからペットボトルの水を出して飲み、昨日屋台で買ったキラーラビットの串焼きが入った茶色い紙袋を出して、串にかぶりついた。


 ……えっ、まだ温かい。あっ、インベントリに時間停止が付いているからか。


 キラーラビットの肉は鶏のモモ肉みたいで、タレは醤油系じゃなくてデミグラスっぽい甘めの味付け。美味しいけど、これはご飯のおかずじゃなくてパンね。


 紙袋の中には串焼きがもう1本入っていて、取り出してスラ君に見せる。


「スラ君、串焼き食べる? お腹いっぱいで、いらないかな?」


 スラ君に聞いたら背伸びをして左右に揺れている。こっちに来ないから、いらないみたいね。さっき、2体目のラットも食べたからね。ふふ。


 食べ終わった串と紙は、昨日みたいに穴を掘って燃やして埋めた。


 ここまでに狩った魔物は、スライムが8体・キラーラビット6体・ラット2体。頑張ったよね~。


 ざっと計算して……解体手数料(300ルギ×6体で18,00ルギ)を引いて3,800ルギ以上になる。この調子だと夕方には目標達成しそうね。


「休憩終わり。スラ君、狩りを始めるよ」


 狩りを再開してしばらくすると、現れたスライムに、スラ君が、自分が倒すと言わんばかりに、飛び跳ねてから突っ込んで行き、体当たりとパンチで倒してしまった。


「えっ、スラ君だけで倒せるの? 凄いね……」


 それから、スライムを見つけたら任せている。


 少し先に林が見えてきて、その奥に川が見える。かなり南まで来たみたいだから戻ろうか。


「スラ君、街の方に戻るよ」


 街に向かって歩いていると、斜め左奥――遠くに人影が2つ見える。冒険者みたいね。こっちに近寄って来るけど……子供かな?


【あれはゴブリンです】


「えっ!?」


 ゴブリンは森の方に出るんじゃないの? ど、どうしよう……ビーさん、逃げられるかな?


【アスカの体力では追いつかれるでしょう】


 ……うっ、ビーさん、私でもゴブリンを倒せる?


【アスカの『風魔法B』1発で倒せますが、MPに余裕がないので『風魔法C』とスラ君の攻撃で倒すことをお勧めします。もし、スラ君の攻撃で止めを刺せないようでしたら、ナイフか『風魔法E』で仕留めてください】


 ……分かった、『風魔法C』と『風魔法E』を撃つわ。


「スラ君……ゴブリンが2体こっちに向かって来ているの。私が『風魔法』で攻撃したゴブリンに、スラ君が攻撃して……強そうだったら魔法をもう1発撃つからね。2体目のゴブリンも同じように攻撃するからね……」


 スラ君がプルルンと返事をして前に出ると、背伸びをしてゴブリンを見ている。あぁー、心臓がバクバクしてきた……。


 ゴブリンの姿が少し見えて来たけど……ビーさん、魔法ってどこまで届くの?


【魔法の射程距離には個人差があり、<渡り人>の場合、射程距離は30m~50mだと言われていますが、実際に魔法を遠くに向けて撃ってみないと、アスカの魔法がどこまで届くかは分かりません】


 ……そっか。じゃあ、30メートル先なら届くって考えればいいね。


 30メートル……団地の3階の天井くらいで10メートルあって、津波が来たら4階か5階に避難しようって思っていたのよ。


 その3倍の距離ってどれくらいだろう……そうだ、ビーさん、ゴブリンが30メートル内に入ったら教えてもらえることって出来る?


【アスカ、出来ます】


 ――ビーさん! ゴブリンが30メートル以内に入ったら教えてもらえる?


【分かりました】


 ――お願いします。


「スラ君……右のゴブリンから魔法を撃つからね」


 スラ君がプルルンと返事をして、ゆっくりとゴブリンに向かって草むらに入って行った。


 ふう~。深呼吸しても心臓のバクバクが止まらない……。


 ――ゴブリンの顔が見えたけど、あれは人間じゃない。


 ニタニタと、どこかのマンガで見たような……醜悪しゅうあくな顔ってあんな顔なのね。


 笑っている顔が……気持ち悪い。

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