第23話 母親と父親 #7

「『困っている人がいたら助けなさい』というのが、父の信条だったらしいんだ。僕が産まれる前にいなくなってしまったから、父さんから直接、それを教えてもらうことはなかったけれど。産みの母さんと、ザングが教えてくれた」


 エルスウェンは、ジェイの顔を見上げた。


「僕は産まれる前からの記憶があるんだ。お腹の中で聴いた、母さんの声を覚えている。お父さんみたいに、勇気ある、人を助けられるたくましい子に育って、と呼びかけられていた。産まれた後も、そういうふうに言われていた」


「……ふむ。エルスウェンは、十八歳と言ったな。親父さんがいなくなったのは、それよりもやや前。つまり、ザングは――」


「うん。ザングは生前の父さんを知ってる。どころか、パーティを組んでいたこともあったんだって。父さんが行方不明になった探索には、一緒に行けなかったらしい。それを、すごく後悔しているって言っていた」


「そうだったのか……」


「ザングは、僕にとって祖父のような人だったよ。小さい頃はよくここに来て、一緒に遊んでくれた。僕が大きくなって、探索者を目指すって言ったときは、面食らっていたっけ……でも、反対はしなかったし、応援してくれた」


 自分のせいで探索者を目指すことになってしまったとしたら申し訳ないと、ザングは母にそんなふうに謝っていたと思う。母は優しく、ザングさんのせいではないですよ、となだめていた。


 母の墓を見下ろしながら、ザングの太い声、太い手指の感触……そして手に残った、彼の灰の感触を思い出した。


 ジェイは、顎のあたりを触りながら、首を捻った。


「……なぁ。事情というのは分かった。だが、お前が、親しいわけでもないよそのパーティだろうと助けるというのは、産みの母やザングから聞かされた、親父さんの信条のためだとは……俺には、とてもそうは思えないんだがな」


「うん。もちろん、父がそういう人で、すごい探索者だったことは、影響のひとつだろうけど。僕は僕の考えとして、そうしたいと思ってやってるってだけだよ」


 言いながらエルスウェンは手を差し伸べた。指の上に、小鳥が留まった。


「僕は、普通の人よりも寿命が短い……。だから、普通の人と同じペースで生きていたらダメなんだ。それじゃ、なんの役にも立たないと思ってる」


 手の上に、もう一羽、小鳥が留まる。二羽は仲睦まじく、囀り始めた。


「まずは、迷宮から父さんの痕跡や遺品を探したいと思っていた。そうして、探索者になって迷宮へ入るようになって……それで僕は、僕自身の生きる意味を見つけられたと思ったんだ」


「お前の、生きる意味?」


「うん。自覚はなかったんだけど。父の痕跡を探すために迷宮へ入るって目標以外にも、僕は探索者をやりたかったんだって分かったというか。順番がおかしいことを言っているけど、この道を選んで良かったって思えることが、たくさんあったんだ」


 留まっている鳥を見つめつつ、エルスウェンは言葉を続けた。


「言葉にすることは難しいけど……僕は、他の人を助けられる。お仕着せの親切をしてるつもりじゃないよ。なんていうか……本当に、言葉にすることは難しいんだ。今回も、僕はロイド、キャリス、そしてジェイを助けることができた。結果として一度死んでしまうことになったけど……それを全然後悔はしていないし、もう一度同じ状況になれば、間違いなく同じ行動を取るよ。そして、みんなを助けられたことを誇りに思ってる。もっと上手くやりたいっていうのは、当然あるけどね」


 軽く手を振って、小鳥たちを放った。


 それらを見送りながら、言葉を探す。


「フラウムにも、マイルズにも、ラティアにも、ロイドたちにも言われたけど。僕は人助けに執着してるわけじゃない。僕は母さんの手ほどきで、魔法を必死で練習してきた。僕にしか使えない魔法もある。結局のところ、これは僕にしかできないことだと思うから、僕はやっているんだ。僕と同じことを他の人がやろうとするなら、僕だって止めるよ」


「そうか。……お前は、それだけ自分の魔法に自信があると?」


「うん。まだ新米の探索者だけど。僕にしかできないことはあると思ってる。そのひとつが、魔法を駆使して他の探索者を助けるってことだとも思ってる。回復魔法も、治療の魔法も何回でも使えるのに、人を助けずにいるなんておかしいだろう?」


「それは、そうかもしれないが……」


 必死に説明をしても、ジェイはまだ、眉間に皺を寄せていたが。


 次にエルスウェンは、理屈の面からも説明することにした。


「それに、そうして探索者がたくさん生き残ることができれば、迷宮の攻略だって早く進むはずだよね。僕は探索者として、王宮の目的にも興味があるんだ」


「王宮の、迷宮探索の目的……竜骸迷宮の最深部に眠る、神の秘宝を手に入れる、ということだったか?」


「うん。それを手に入れて、紅髄竜インフォルムの預言にある破滅の使者に対抗する……それって、あまりにも現実感のない目標かもしれないけど。でも、それだけ遠い目標だからこそ、こうやって地道にみんなで戦っていく、っていうことが大事なんじゃないかって思うんだ」


「……そのために、自分が死んだとしてもか?」


 結局、その話に戻ってきてしまった。


 だが、エルスウェンは何度でも首を縦に振る。


「うん。そもそも、僕は長生きがしたいとか、永遠の寿命がほしい、だなんて思っちゃいない。人は、必ず死ぬんだ。森人だって、寿命がないだけで……病気や怪我で命を落とすんだ。いつか死ぬからこそ、僕は……僕の納得できる、そういう生き方をしていたい。それが今のところ、探索者として、こうやって戦うってことなんだと思ってる」


 そこまで話して、ようやくジェイは頷いてくれた。


「そうか。……分かった。お前の言いたいことは、分かったよ」


 自分は、他の人たちよりも長く生きられない。


 だからこそ、天にじるような生き方はしたくなかった。


 何度でも魔法が使える自分にしかできないことを。それでいて、周りの役に立てる方法を――そう思って生きている。


 結果として、命を落とすこともあるかもしれない。だが、それは構わないと思っている。それを怖れていたら、探索者になどそもそもなっていない。


 ――自分が自分として納得できる生き方をしないのなら、そもそも生きている意味なんてないのだから。


 それだけは誰に教わったわけでもなく、エルスウェン自身、母やザング、あるいは訓練所にいた他の探索者志望の若者たち、そしてマイルズたち探索者を見てきて、自分なりに到達した結論のつもりだった。

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