第22話 母親と父親 #6
食後は、ジェイとフラウムを屋敷の裏手にある母の墓へと案内した。
一面の花畑に、墓標がひとつだけぽつんとある。そこへフラウムが花束を供える。
綺麗な花畑だと、参るたびに思う。母が手入れをしているわけではなく、自然のままに任されているが、下草が伸びすぎて墓石を隠すこともない。ここにある自然全てが、産みの母の亡骸を優しく抱いてくれているような、そんな気がする場所だった。
その墓石を前に、エルスウェンは先ほど中断した話の続きを始めた。
「母のほうが、森人の血を継いでいるんだ。だからここに。さっきも言ったけど、僕を産んで一年ほどで、死んでしまった」
隣で、静かに墓に向けて手を合わせていたジェイは、頷いた。
「……そうか」
「母さん……育ての、森人のほうね。さっきの遺伝の話の続きなんだけど、母さんの血は強すぎて、混血を起こすとその子孫の寿命は著しく短くなるらしい。少産にもなる。だから、世界中に母さんの血が散らばっていたりするわけではないんだけど」
「では、今はエルスウェンだけなわけか。あの御母堂の血を受け継いでいるのは」
「うん。僕はどうやら、子孫をずっと面倒見てきた母さんの目にも、変わった存在らしいんだ。まず、今まで子供には女の子しか産まれなかった。母さんの子孫として、僕は初めて、男として産まれてきたんだ」
「ふむ」
「他に変わったことは、僕の魔力は無尽蔵であるらしい。大なり小なり、母さんの血を継いでいれば魔力の量は高くなるんだけれど……」
魔力というのは、魔法を使用するためのエネルギーのことだ。それは個人という器に溜められる水に喩えられる。
先天的にその器の大きさは決まっていて、訓練によって大きくすることもできる。が、劇的な伸びはあまり期待できないものらしい。
もちろん魔力が多いに越したことはないので、エルスウェンは魔法使いとしてはかなりのアドバンテージを得ていると言っていい。
だが、いいことばかりでもないのだ。
「母さんの見立てでは、そのせいで寿命も、今までの子孫よりも短いらしい。そういうのを見抜く目を持ってるんだ、あの人は」
「……どれくらいなんだ?」
ジェイは、静かな声で訊いてきた。
「分からない。今までの子孫の人たちは、五十を超えて生きた人はひとりもいないって。だから僕は、三十歳か……それくらいまでしか生きられないみたい。蘇生できる回数も、確率も少ないだろうって言われている。一回目は普通の人と同じだろうけど、おそらく二回目では五割ほど。三回目の蘇生になったら、もう戻れないと思ったほうがいいって」
探索者を目指すと母に言ったとき、何度も警告されたことだった。あなたの身体では数えるほども蘇生に耐えられない。だからまずは、死なないために立ち回りなさい、と。
墓石の横で黙って話を聞いていたフラウムが、静かに涙を流していた。
エルスウェンのこうした身体の特徴については、パーティ勧誘時、母に挨拶をしに来てくれたラティアと、訓練所から一緒にいるフラウムはすでに知っている。
フラウムは特に、最初にそれを知ったときも、わざわざ涙を流して寄り添おうとしてくれた。
彼女は、涙声でジェイに言った。
「バカなんだよ、エルス。そんな身体なのに……みんなを助けることばかり考えてさ。すごく優秀な魔法使いで、自分のことを考えれば、間違いなく一番なのに……いっつも自分を後回しにして。そんなの、良くないっていっつも言ってるのに」
フラウムはいつも、エルスウェンにそう言ってくれる。ただ、エルスウェン自身は、自分を犠牲にしているつもりはなかった。
自分には、自分の生き方があると思っている。限られた命であるならば、このように生きていきたい、という信念――というほどのものでもないかもしれないが。
それを吹聴して回るような趣味はなかったが。ジェイには聞いてほしかった。
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