第21話 母親と父親とパンケーキ(?) #5

 エルスウェンとジェイは、席についたまま話をしていた。


 話とは、ここに来るまで説明を延期していた、血脈の話だ。父親が黒い剣士かもしれないのなら、避けては通れなくなった。


 すでにそれを知っているフラウムは、台所で昼食のパンケーキを母と協力して作っている。ふたりを遠目に見ながら、エルスウェンは説明を続ける。


「――つまり、母さんと呼んでいるけど母さんではないんだ、あの人は。いわば僕の先祖のようなもので。もう何百年以上も生きている、正真正銘の森人。大昔に、人族と恋に落ちて駆け落ちをしたんだって自慢をしてたかな。正確に何歳なのかは分かんないよ。絶対に言おうとしないし」


「ふむ……。そういうことだったのか」


 ジェイは何度か頷くと、確認をする。


「産みの母は……お前を産んでから身体を壊して亡くなり、それからはあの方が、お前の母親代わりをしている、というわけか」


「うん、そういうこと」


 エルスウェンは頷いた。産みの親と育ての親が違う、という話はどこにでもあるだろうが、その育ての親が自分の先祖であるという話は、かなり珍しいだろうと思う。


 台所を一瞥して、エルスウェンは言った。


「あの人は森人の中でも、相当な実力者だったらしい。僕と同じで、無尽蔵の魔力を持ってる。というか、何世代も経て、あの人の魔法使いとしての特徴の一部が、どういう具合か僕に発現した、というほうが正しいんだろうけど……」


 言葉を探しつつ、お茶を飲んだ。一息ついてから、続ける。


「でも、異人種同士で子供を作る、っていうのは、あまりいいことではなかったみたい。風習とか風俗とかそういう意味ではなくて、遺伝的にね」


 そこまで喋ると、母とフラウムがパンケーキを載せた皿を運んできた。


 仕方なく話を中断して、テーブルを空ける。


「おっまたせー! ほらほら、エルスには私が愛情をたっぷりと込めたおなじみ特製パンケーキを作ってやったぞー! 喜べ! 平伏しなさい!」


「ああ、うん。……ありがとう」


 それは素直に感謝すべきことだが。フラウムが目の前に置いてくれた皿を見る。


 そこには、真っ黒なよく分からない物体が載っていた。


「……ナニコレ?」


「やだなー、見れば分かるじゃん。どこから、どう見ても、パンケーキじゃん? 前も作ってあげたでしょ?」


「幻惑の魔法でもかかってる?」


「それはどっちが? 私? エルス?」


「ううん……。僕のほうなのか……?」


 どこからどう見ても、黒い丸い消し炭かなにかにしか見えない、謎の物体だ。


 以前フラウムが、この家で同じものを作ってくれたことがあった。それだけに留まらず、彼女はよく、エルスウェンに対してなにかにつけて魔法を駆使した火力抜群の料理をふるまってくれる――時には、『サブリナの台所』の厨房を占領してまで。


 が、今回はそのどの時よりも『ただならぬ仕上がり』に見える。


 ジェイ、フラウム、母の皿は、綺麗なきつね色の焼き目のついた、つやつやふっくら、おいしそうなパンケーキだった。間違いなく、母の作だ。


「では、食べましょうか」


 母はにこやかに言う。エルスウェンは幼少時より、出された食べ物は残さずにいただきなさいと教育されていた。よりによってこの人の目の前で、せっかくフラウムの作ってくれたパンケーキ(?)に手をつけずにおくわけにはいかないだろう。こちらがこのパンケーキ(?)のように真っ黒にされかねない。


 エルスウェン以外の全員が、パンケーキに蜂蜜や果物のソースなどをかけて、食べ始める。


 エルスウェンだけが、ナイフを手に苦闘していた。


「ね、ねえ。フラウム。このパンケーキ(?)、ナイフが通らないんだけど」


「そう? エルス、非力すぎるんじゃない? だってふっくら柔らかくなるように、しっかりと強火で焼いたんだよ。食中毒とか恐いしね。あと、前よりもたーっぷりと愛情を込めて焼いたんだから。百万倍アップだよ!」


「そ、そう。じゃあ、きっと全部僕が悪いんだな……」


 呟きながらあれこれと試すが、全く刃が通らない。


 最終的に音を上げて、ジェイに切るのを手伝ってもらいながら完食した。


 ジェイもその恐ろしいまでの頑丈さに、なんだこれは、これはまるであの黒い剣士ではないか――とおののいていた。


 だが、味そのものはなぜかきちんとしたパンケーキの味だった。

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