第24話 母親と父親 #8

 エルスウェンは、ジェイとフラウムを順番に見た。


「フラウムは、いつも僕に付き合ってくれて、味方をしてくれて、本当に感謝をしてるよ。それは、心から本当にそう思ってる」


「いっ、いきなりそんなこと言うなよぉ! 反則だろ!」


 また涙を拭きながら怒るフラウムに笑って、次はジェイに言った。


「ジェイ、君を助けられてよかった。最後にヘマをしてしまったけど、君が死ななくてよかった。本当にね」


 ジェイは、ふっと苦笑した。


「まったく。今なら、お前のパーティの面々の気持ちがよく分かる。エルス、お前はバカすぎる。人を助けるのは構わんが、お前自身の命をもっと大切にしろ」


「みんなにも、よく言われるよ」


「ああ、そうだろう。そもそも、俺の命と、お前の命とでは、釣り合いが取れんよ。いや、命なんてものを秤にかけようってのが、そもそも間違ってるんだろうが――」


 ジェイは一呼吸置いてから、続けた。


「俺は……お前がラティアたちのパーティを抜けるつもりなら、お前について行こうと思っていた」


「僕に?」


「ああ。お前には、命を救われた。俺があそこから生きて帰れたのは、エルスウェン、お前のおかげなんだ。お前がパーティを出てひとりになるのなら……俺が味方になってやろうと思った」


 その言葉は、忍者の男が発したとは思えないほど、優しい響きがあった。


 今まで、自分のしてきたことに関して、謝礼の言葉がなかったわけはない。むしろみんな……どんな跳ねっ返りな探索者だろうと、感謝をしてくれた。


 ただ、味方になるとまで言ってくれた人はいない。マイルズやラティア、フラウムなど、最初から味方をしてくれている人を除いては。


 ジェイは続けた。


「一宿一飯の恩って言葉が、俺の国にはある。泊めてもらってメシを食わせてもらったら、それは生涯の恩になるって意味だが。お前には一宿一飯どころか、命を救われてるからな。だから……エルスウェン。俺はお前を守る。お前に救われたこの命、お前に預けよう」


「い、いや、そこまでは。味方になってくれるのは嬉しいけど」


 狼狽えてエルスウェンは首を振るのだが、ジェイは真顔だった。


「元々、忍者というのは主君に仕え、主君に死ねと言われれば死ぬ。そういうものだ。使い捨ての、道具のようなものだ」


 彼は少しも茶化さずに、言葉を紡ぐ。


「俺も、そう育てられたのだ。ひたすらに五体を武器化する術を学び、鍛えた。ここに来たのは、竜骸迷宮に挑み……さらに忍の業を磨き、高めるためだった」


「そうだったんだ」


「ああ。あまり迷宮とやらも大したものではないと思っていたのだが……あの黒い剣士の登場だ。俺はあいつを倒したい。エルスウェンもそうであるなら、そのために俺の力を、自由に使ってくれ。命をくれと言うのなら、喜んで差し出そう」


「……ありがとう、ジェイ。心強いよ」


 そこまで真剣に言ってくれる彼を、受け入れないのは失礼だ。


 頷いて、手を差し出す。


「命まで賭けてくれるのも嬉しい。でも、君を死なせるような戦いは、絶対にしないつもりだよ」


「……ああ、分かった。だが、それは俺も同じだ。エルス、死んでも構わないと思うのはお前の勝手だが。俺は俺で、お前をこれ以上、死なせやしない。俺はこれから……そのために戦おう」


 ジェイは、言葉に精一杯の熱を込めてくれた。全幅の信頼を感じる。


 そして、握手をした。ジェイの握力はとても強く、骨が折れるかと思ったが。


 しばしふたりで視線を交わしていると、頭を叩かれた。フラウムだ。


「い、痛いなぁ」


「なーに男ふたりで盛り上がっちゃってんのよ! ここに美少女がいるでしょうが!」


「ごめん、忘れてた」


「なにー! 私なんて、ジェイなんかより何倍もエルスのこと心配してんだからね!」


「それは分かってる。ありがとう、フラウム」


「えっ。あぅ、うっ、うん」


 フラウムは押し気が強いが、真正面からお礼を言われると、大抵顔を赤くしてしどろもどろになる。そういうところは、本心から可愛いと思う。


「フラウムにも、死んでほしくない。でも……あの黒い剣士には、きっと魔法の力が必要になると思うんだ。フラウムにも、協力してほしい」


「そりゃ、当然でしょ! でも、むしろ私たちの力って、なんにも通用しないんだけど? それが必要になるかもって考えてるの?」


 エルスウェンは頷いた。ひとまず、あの黒い剣士が父であるかもしれない、という可能性については、横に置いておく。その上で、答えた。


「むしろ、なにかしらの魔法が弱点の可能性が高いと、僕は考えてる」


「なんだと?」


「ええ? 魔法消去がついてるのに?」


 ジェイとフラウムが同時に疑問を浮かべるが、エルスウェンには自信があった。


「魔法消去があるからこそだよ。ああいう加護が狙ってつけられたのなら、それは弱点を補うためにやったって考えられないかなって」


「あ、そうか――あいつ、なにか弱点の魔法があるから、魔法を受けないように加護をつけてるってことだ!」


「そういうこと」


「でも……それって結局、魔法消去を消去しないと意味なくない?」


「いや、そうでもないよ。一体どういう理由で魔法消去の加護をつけたのかということが分かるだけでも……なにか作戦が立てられるかもしれないし」


 エルスウェンは、振り返って家を示した。


「だから、これから家の書物に当たろう。可能性を探るんだ」


 どんな敵にも弱点はある。完全無欠の敵は存在しない。生きているものならば、死なないものはない。だからこそ、紅髄竜インフォルムですら討伐された――


 その言葉が脳内に反響する。これをエルスウェンに説いたのは、父でもなく、産みの母でもなく、ザングでもなかった。


 これは悠久の時を生きる森人の賢者たる、育ての母の言葉である。

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