第17話 母親と父親 #1
そうして、翌朝。
エルスウェンは、ジェイとフラウムと並んで、生家を目指していた。
王都の街路を、頭を抱えながらふらふら歩くフラウムに、目を配りながら進む。人にぶつかったりはしないかと思っていたが、不審げに歩くフラウムを通行人たちは大袈裟に避けて歩いているので、大丈夫そうだ。
メリディス王国の王都、グラレアは巨大な城塞都市だ。
都市への出入りには東西南にある門を通らねばならない。北門は、メリディス王国の要である王宮へ繋がる門なので、普段は通ることができない。
エルスウェンたちは、中心街にある宿屋『竜の夢』から、東門へ向かって歩いているところだった。
歩きながら、フラウムはぶつぶつとひとりごちていた。
「のぉー。話がまとまって、ロイドと乾杯した後のこと、なーんにも覚えてない。頭が痛くて死にそう。頭の中に聖堂の鐘が百個詰まってるみたい」
「ひどかったよ、ホントに。あんな変な酒の飲み方は、しないほうがいいよ」
「昨日はお葬式のせいで、情緒不安定だったんだって……。ねえエルス、解毒の魔法かけてよ。ホントひどいんだよ頭痛がー……」
「もうしないって反省したら、やってあげるよ」
「もおぉー。たまにドSなんだよなぁーエルスは! だがそこがいい! いってて……」
反省は遠そうに思えた。頭を押さえながら、フラウムはまだ喋る。
「私、他になにか言ってた?」
「ええと……果実酒を振り上げて、これでお前をしもべにしてやるとか言ってた」
「ウソー。お酒って飲むと深層心理に封印してる本音が出るってマジなんだね」
「恐いこと言わないでよ」
「うふふ、冗談に決まってるじゃん。こう見えても私、旦那さまとはねー、対等の関係を望むタイプの女だから。だから、仮にエルスと結婚したとして、ほら、ごはん作ったりとかお掃除とかお洗濯とか育児とかは、全部エルスにお任せするんだ」
「な、なにがどう対等なの? それ」
「ふふん、私みたいないい女をものにできたら、それくらいおつりが返ってくると思わない? このフラウムちゃんがお嫁さんなのよ!」
「思わないなー」
「なんでだよー!」
こういうくだらない掛け合いは、日常茶飯事なのでエルスウェンは慣れっこになっている。普段無視をして聞いているのが、マイルズとラティアのふたりからジェイのひとりに替わったというだけだ。
ただ、ジェイはやんわりと口元を緩めて、肩を揺らしている。どうやらこちらのやり取りを見て笑っているらしい。
エルスウェンは、忍者も笑うんだな、と意外に感じていた。それは失礼な決めつけというものかもしれないが。
改めて、彼の外見を観察する。ちょうど今は、迷宮内で着けていた覆面もない、素顔だ。格好は漆黒の忍装束のままだが。
ジェイの髪は艶のある黒髪だ。東方では、ほとんどの人は黒髪らしいと本で読んだが。彼は髪を長く伸ばしていて、後ろでひとつに纏めて縛っている。
顔は女性と見紛うほどではないが、輪郭は細く整っていると思う。
特徴的な切れ長の目といい、彼からは全体的に、研ぎ澄まされた刃物のような印象がついて回るようだ。歩くその姿も姿勢正しく、つい猫背になってしまいがちなエルスウェンからすると、手本のような所作である。
「どうした。俺の顔に、なにかついているか?」
ジェイが怪訝そうな顔になる。それに、エルスウェンは首を振った。
「いや。東方の人って、チョンマゲっていう髪型してるんじゃないのかと思って」
「はっ――さすがに今の時代、丁髷をしているヤツはいないぞ。城勤めであろうと、髪型は自由だ。丁髷は、古代の様式だからな」
「そうなんだ」
ちょっと見てみたかったのだが、今の時代にそぐわないものだとは知らなかった。
今度は、ジェイが口を開いた。
「ところで、お前たちは、いつもそんな調子なのか?」
「『お前たち』とカウントされるのは心外なんだけど、こんなもんだよ」
面白いのはフラウムであって、断じて自分ではない、とエルスウェンは内心に言い聞かせていた。
横から、にゅっとフラウムが首を突っ込んでくる。
「ってゆーかさ、昨日も思ったけど。ジェイって結構喋るじゃん。てっきりムッツリ無言の変態仮面だと思ってたよ。覆面取ったら想像通りの塩顔イケメンだったのは良きって感じだけどね」
「馴れ合いが好きなわけではない。が、特に拒んでいるわけでもない。意思疎通をするほうが都合がいいのなら、そうするというだけだ」
「ふーん。でもまあ、マイルズみたいな理屈ばっかりすぎて顔まで四角になったみたいなタイプじゃないねー。結構結構」
そう頷いてから、フラウムは疑問を口にした。
「で、なんであんたまでついてきてんの?」
「僕としては、フラウムがいることのほうが謎なんだけど……」
エルスウェンが突っ込むと、フラウムは頬を膨らませた。
「当たり前でしょ! エルスのお母さんには定期的に会って点数稼いでおかないと!」
「意味が分からない」
「ふっふっ、とぼけてたって無駄よ。そのうち分かるわダーリン。待ってろバージンロード! むしろ来いバージンロード!」
「恐い……」
背中に冷たいものを感じつつ、エルスウェンは説明した。
「昨夜、馬小屋で話したんだよ。そしたらジェイ、僕の母さんに会ってみたいって」
それを聞いて、フラウムはぎょっとした顔をした。
「えっ。あんたってまさか人妻好き? 年上趣味? 引くわぁー」
「ばっ、バカ! 違うわ!」
必死に否定するジェイだった。それを見て笑いながら、エルスウェンは忠告する。
「真面目に反応すると疲れるから、適当に受け流すといいよ」
「う、うむ……」
嘆息しながらジェイは頷くと、説明を始めた。
「御母堂は、森人族なんだろう。なら、あの黒い剣士に対する対抗手段を知っているのではないか、と思えたからな。俺も話を聞いてみたい」
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