第16話 葬儀のあと、酒場にて #5
エルスウェンがグレープの果汁を飲み干して一息つくと、すぐにフラウムがおかわりをくれた。真剣に話していたため、喉は渇いている。ありがたく頂戴してそれに口をつける。と――
うっ、となる。グレープの果汁だと思ったら、果実酒だ。
フラウムを見ると、してやったりとばかりに、にやついている。
それから彼女は、みんなに向けて言った。
「とりあえず、もう話はまとまってるでしょ。今日はもう、パーッとやるべきじゃない? しみったれた話なんかしててもさ、ザングのじいちゃんは浮かばれないって」
「あはは、それは絶対にそうだね。じゃあ、ザングにもう一度、乾杯だ」
ロイドが笑って応じている。ふたりは杯を持ち上げると、息を合わせてそれを飲み干した。キャリスたちも後に続いて、杯を空けていく。
それをぼーっとする頭で見ながら、エルスウェンは懸念していた。フラウムは、あまり酒が強いわけではないはずだった。今も果実酒グラス一杯ですでに頬を赤くしていて、上機嫌になりつつある。
だんだんと、嫌なことを思い出してきた。最初の探索の後、四人でお祝いをした。確か、そのとき泥酔したフラウムは……
その時だけではない。その次に参加した打ち上げの時も……
思い出したとき、フラウムはばしばしとエルスウェンの背中を叩き、言ってきた。
「ほらほら、エルスもたまにはお酒くらい飲みなって! 私も今夜は乱れちまう予感だぜー! ほらほら!」
そうだ、とんでもない絡み酒なのだ。
「いや……僕は本当に酒はダメなんだって……」
なにしろ、匂いを嗅いだだけでくらくらする。
身体を離すと、フラウムはその分、ずいっと距離を詰めてきた。
「なんだとう! あたしの酒が飲めねえってかぁ!」
さらに、フラウムは無理やり二杯目を飲ませようとしてくる。
目でラティアに助けを求めるが、彼女は杯に新しく蒸留酒を注ぎ、静観の構えだ。そうだった。この人は、あの時も薄く笑って見ているだけだった。
「おらー、エルスぅ、なんとか言ってみろぅ!」
フラウムは果実酒のボトルから自分の分を注ぐと一息で飲み干し、ますます顔を赤くして迫ってくる。しつこく片手にはエルスウェンに飲ませるための酒を持って、迫るというよりは襲いかかってきた。
「ほら、これをあたしの血だと思って一気に飲め! そしてしもべになれ!」
「いやっ、本気で恐いことを言って――これは本当に本気だなフラウム……!」
「フラウムちゃんはいつだって本気ガールだぜぇ……!」
「うああ、しもべはいやだ……!」
エルスウェンは、力には自信がない。実際に力はない。酒で本能のままに振る舞うフラウムにすら、腕力では劣る。このままでは、本当にしもべにされてしまう――
と、急に攻撃が止んだ。訝しんで見やると、フラウムは手を引っ込めて、エルスウェンの分の杯を置き、いじいじと指でテーブルに文字を書き始めていた。
「……心配かけやがってよう! あたしがどんだけ付きっきりで心配してたと思ってんだよぅ……!」
どういうテンションの乱降下なんだ、と内心で突っ込む。
フラウムは次に、空いた手で果実酒のボトルを乱暴に掴むと、そのまま一気に呷った。ラッパ飲みだ。
「ちょ、ちょっとフラウム! 無茶な!」
だが、まったく聞く耳を持っていない。
彼女はぶはぁ、と伝説の紅髄竜が火炎を吐くように酒臭い息を吐いて、据わった目をエルスウェンへ向けてくる。
それからずいっと身体をこちらへ寄せてきた。低めに作った声で、手はこちらの顎を撫でるようにしながら、耳元に囁いてくる。
「手間かけさせやがって。今夜は寝かさないぜ、小猫ちゃん……」
まるで百面相である。アルコールが脳のどの部分を汚染するとこうなるんだろうか……?
「どういう悪酔いの仕方なんだ……というか、それはさすがにペースが早すぎる、そういう飲み方は身体を壊す――」
と、エルスウェンは言葉を途中で切った。
フラウムの様子がおかしいことに気づいたからだ。
ぴたりと動きも言葉も止めてしまったフラウムの顔の前で手を振る。
「どうしたの?」
訊くと、彼女はしかめっ面で言った。
「……ぎぼちわるい」
「え?」
「はきそう」
なにかを堪えるようにして、ゆっくりと言うフラウム。さあっとエルスウェンの背筋から血の気が退いた。
逃げよう、と動きかけた身体に、フラウムがしなだれかかってくる。反射的に受け止める。彼女が呻き声を上げる。びくりと背中が震える。
「ちょ、ちょっと待って、フラウム、それなら外に――」
転移魔法の使用も辞さない覚悟の、エルスウェン必死の訴えだったが。それは数瞬ののち、無意味なものとなった。
この後は、掃除を済ませてから気を取り直して、仲間たちの夜遅くまでの酒盛りに付き合った。
宴の後、エルスウェンは宿屋『竜の夢』へと戻った。
その道でジェイと一緒になり、話をした。
彼はいつも、宿代のかからない馬小屋で夜を明かしているらしい。
酒がなかなか抜けなかったエルスウェンは、それはどんな感じなのかと彼に訊いた。
意外と快適だとジェイが説明するので、酔いに任せて、エルスウェンは彼に付いて行くことにした。そのまま様々な雑談で盛り上がってしまい、馬小屋で一晩を明かすことになった。
ちなみに前後不覚に陥ったフラウムは、ラティアが引き取っていった。
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