第14話 葬儀のあと、酒場にて #3
エルスウェンは、フラウムの瞳を見て、言葉を続けた。
「今回は、かなり上手くいったんだ――ジェイを補助して、帰還魔法まで唱えて……でも、あの黒い剣士は、上回ってきた。ザングを殺されて、ジェイは瀕死になり、僕も、一回死ぬことになった」
エルスウェンは、目を閉じた。もし、倒れているのがロイド、キャリス、ザングでなく、マイルズ、ラティア、フラウムだったらと想像する。
「僕の仕事は、魔法使いとしてパーティのみんなを守ることだ。守り、危険から遠ざけて、みんなを生かすことだ。今まで、他のパーティを助けてきたのは、そうしていてもラティアたち全員を助けられる、パーティの力になれる自信があったからだ。でも……あいつを見て、正直、恐くなった。もし、マイルズやラティア、フラウムを守り切れず、灰にすることになったら。それが自分のせいだったら……」
目を開けた。三人の顔を見る。
「僕は、まだ弱い。マイルズたちに大きく劣る。足を引っ張るわけには、いかない」
「ふむ……」
ラティアが、苦笑交じりに口を開く。
「誰の言うことも一理ある、というのが苦しいところだ。ただ、エルス、新米のお前だけが責任を感じるな。あの場を、お前の言う通りに一任して退去しておいて、串刺しになって死んでいるお前が転移してきたときの……私たちパーティの気持ちも想像してもらえると、ありがたいのだがな」
「……そうですね。ごめんなさい」
辛い気持ちなのは、みんな変わらない。それは当たり前の事だった。
「謝ることはない。ちょっと当てこすっただけだ。ただな、今回の件に対して、自分の行動に納得できている者は元々、ひとりもいないんだよ、エルス」
ラティアは諭すように、続けた。
「マイルズは子供のようにあしらわれた。フラウムは魔法が通用しなかった。……だが、マイルズはジェイとの即席の連携にもかかわらず、撤退までの足止めをしてくれた。フラウムは的確に転移の魔法を組み、見事な手腕で退却させてくれた」
そこで蒸留酒をぐいと呷り、彼女は熱い息をこぼす。
「私はあの剣士を見て足が竦んだよ。キャリスの傷を塞いだ後であっても、ジェイ、マイルズに助太刀する気になれなかった。挙げ句には、パーティで一番の新米であるお前に全てを任せて撤退した。結果として……お前を死なせてしまった」
ラティアは両手を広げて、自嘲してみせた。
「リーダーとしての采配は、最低のものだった。エルス、お前の言い分を聞くに、それならお前ではなくて私がパーティを抜けるべきではないのか?」
「そんな。それは、違う」
エルスウェンは慌てて首を振った。自分が死んだのは自分のせいだ。そしてあの場では、巻物なしに帰還の魔法が使えたのは自分だけだ。あの黒い剣士は、ラティアが助太刀に入ればどうなる、というような魔物ではなかった。
どの要素を加味しても、ラティアに責任はないはずだ。
と、ジェイが口を挟んできた。
「……そちらの判断が間違ったものだったとは、俺は思わない。結果として俺は助けられた。その若い魔法使いをあんたが残してくれていなかったら、俺も今頃は、灰になって撒かれていたかもしれん」
ジェイは、エルスウェンとラティアを見て、そう言った。
それを受けて、ロイドも口を開く。
「そうだよ。俺もキャリスも、エルスのおかげでこうして、蘇生回数も消費せず、ここにいるんだ。それはラティアのパーティみんなのおかげで……感謝してもしきれないよ」
エルスウェンは、ロイドに首を振った。
「いや、そもそも……僕が周囲に魔物はいない、なんて言ったせいでロイドたちは油断をしていたんだろう? それも含めて、僕の責任は大きい――」
「そこまでにしておきましょう、エルス」
言葉を途中で遮って、キャリスが丁寧な口調で割り込んできた。
「誰もがみな、後悔しているんです。少しずつ、力が足りなかったことをです。私であれば……攻撃を優先せず……ザングを回復することを優先していれば、まだ少しは彼にも蘇生の望みがあったのかもしれません」
彼はオールバックの黒髪を手で撫でつけながら言い終えた。それに、心から悔しそうにこぼしたのは、ファルクだった。
「……俺は、ザングさんのために戦うこともできなかったです。俺は……」
ファルクは、言葉を詰まらせて、黙った。
それきり、沈黙が場を支配するが、それはすぐ、ロイドが明るい声で破った。
「だからさ、ほら、エルス! ひとりで抱え込んじゃダメだよ。エルスは自分を責めてるけど、今回一番頑張ったのはエルスだもの。俺とキャリスを助けるために、死んじゃって……ジェイのことも、助けてくれて。とんでもない借りができちゃったな」
「借りだなんて、そんなことは。できることをやっただけで」
「いいえ。それだけのことをやったんですよ、あなたは」
キャリスが微笑む。
「自信をお持ちなさい。世間に広く浸透した体系的な魔法の技術では、まだ私やフラウムに及ばないのは事実かもしれません。ですが、その天賦の魔力量と、状況判断の的確さは、皆の命を守る、というのに申し分ない……どころか、トップレベルに優秀でしょう。君がいなければ、ジェイもロイドも、私もここにはいなかったかもしれないのです」
くい、と眼鏡を直して、キャリスは続けた。
「マイルズに、ラティア、フラウムも優秀な探索者ですよ。その縁を今回の件だけでふいにしてしまうというのは、得策ではありません。……ザングも、そんなことは決して、望んでいないでしょう」
「そうそう! インテリメガネの言う通り!」
「いや、でも……」
キャリスの温かい言葉を受けつつも、つい、否定の言葉が出そうになる。
だが、もっとも優秀な魔法使いのひとりであり、探索者としての経験も豊富なキャリスに言われると、報われた温かい気持ちになる。
それでもエルスウェンは首を振ろうとしたが、いきなり首を絞めてきたフラウムによって、動作は中断させられた。
「でももヘチマもないんだよー!」
「う、ぐぐ、う、わ、わかったから。く、くるしい」
それどころか、フラウムはぶんぶんとこちらの頭を振り回してくる。目が回る。
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