第13話 葬儀のあと、酒場にて #2

 一息に告げると、想像とは違った沈黙があった。酒場の中の温度が、一気に下がったような錯覚さえある。


 隣のフラウムが、少しも茶化すことなく、小さな声で聞いてきた。


「……なんで」


「僕がいれば、君、マイルズ、ラティアの命を危険に晒すことになる」


「そんなことないでしょ!」


「いいや、ある。あいつとの戦いにおいては、魔法使いがいるだけで足手まといになってしまう」


「そんなの、あたしだって同じだし!」


 すごい剣幕で言ってくるフラウムにたじろぎながら、エルスウェンは言葉を探した。


「フラウムは、黒い剣士以外の敵……道中の魔物を一掃するっていう役目があるだろう? 僕にできるのは、索敵と治療、回復だけ。黒い剣士には索敵が通用しないし、治療と回復も……あの剣士の攻撃は、一撃でももらえば殺される、そんな攻撃だよ。回復をすることができない。つまり、僕は無力だ」


「そんなこと……!」


 フラウムが今度は言葉に詰まる。


 それを聞いていたマイルズが、腕組みをしながら訊いてきた。


「……俺にはお前の魔法の詳しいことは分からねえが。あの剣士に対しての索敵の魔法が無効化されちまうなら。その反応で逆にあの剣士がいるって分かる、ってことじゃねえのか?」


 それは、確かにその通りかもしれない――そう思って頷きかけてから、エルスウェンは首を振った。


「魔法消去の加護にも、たしか様々な種類があるんだ。魔力を素通りさせるように無効化するもの、自分の一定の範囲内の魔力を無効化するもの、とか……。生命探知の魔法は、後者の方法で無効化されていた。魔法を使って、ぽっかりとなんの反応もない空間があれば、それがあの剣士ってことになる……かもしれないけど」


 エルスウェンは、気になっていたことを話した。


「なんとも言えないんだけど。僕の生命探知の魔法は、半径百メートルを探れる。でも……あのとき、ロイドたちのパーティの目の前に、突然なにも反応のない空間が現れたんだ。それで、おかしいと思ったんだ。ロイドたちがいたのは、僕を中心にして、八十メートルの地点だった。その目の前に、いきなり魔力の反響が起こらない、そういう空間が現れた……」


 ここまで喋って、ラティアが頷きながら後を継いだ。


「エルスウェンが言った効果の前者と後者――そのハイブリッドの可能性がある、ということだな。普段は魔力を素通りさせ、そして、接敵するとより強力になる……自分を標的にする魔力を無効化する加護、ということなのかもしれない」


 探知範囲は百メートル。おかしな反応が現れたのが、八十メートル地点。


 つまり、少なくとも差し引き二十メートル分、黒い剣士は生命探知魔法をすり抜けている、という考え方ができる。


 ラティアの推理は、もっともらしい推理だと思えた。


 それに、エルスウェンは付け加えてマイルズへ言った。


「僕の魔法が無効化されることで、位置が逆説的に分かったとしても。それで安全なのは僕たちのパーティだけだよ。他のみんなは襲われるんだ。そういう中で、僕たちだけ意気揚々とあの剣士を避けて上の階層を目指す? それはちょっと……ないんじゃないのかなって思うよ」


「……ああ、そうだな。ザングの仇でもあるんだ。素通りはできねえ」


 忌々しげに嘆息しつつ、マイルズは認めた。


 エルスウェンは、ひとつ息を整えてさらに言った。


「しかもあいつは、音と気配がしない。実際問題、今後探索に入って、あいつに襲われるパーティはたくさん出てくるはずなんだ。僕たちで他の探索者に注意喚起をしても、遭遇するまではあの恐ろしさは分からないし……みんなも生活がある。恐ろしい魔物が出るってことだけで、みんなが探索を中断するなんて思えない」


 ザングの葬儀にも、これから迷宮へ向かう探索者たちのパーティがいた。無論、彼らにはすでに警告をしているが、怖じ気づいた様子はまるでなかった。


「……それは、言う通りだな。それでエルスは……どうするつもりなんだ? まさか私たちのパーティを抜けて、ひとりであの剣士を倒す、なんて言わないだろうな?」


 さすがはラティア――とエルスウェンは内心で感心していた。


 この人には、なにも隠し事はできない。


 エルスウェンは首を振った。それにマイルズが舌打ちした。


「魔法が通用しねえってテメエで言ったばかりだろうが。テメエだけでなにができる?」


「そうだけど……魔法消去の加護さえどうにかできれば、ってことでもあるんだ。その方法を探してみるつもりだよ」


「それをするのに、なんで抜ける必要があるってんだ」


「マイルズたちを巻き込みたくないんだ。みんなを死なせたくない」


「おい、嘗めるなよ。そもそも、テメエに指図されるいわれは――」


 言い掛かってきそうなマイルズの機先を制して、エルスウェンは言った。


「真面目で、理詰めなのがマイルズのいいところだろう? 冷静に考えてよ。魔法消去を持っている敵が相手で、いくら僕の魔力が無尽蔵だろうと、いくら変わった魔法が使えようと、戦力になると思う?」


「ならねえよ」


「そうなんだ。そもそも、そういうことだから……特に、生命探知魔法が効かないなら、あの剣士に対して有利に接敵することができない。それどころか、それに頼り切っている僕は、単なる足手まといだ。正統派の、力のある魔法使いを僕の代わりにパーティに入れたほうが、まだ戦力になるはずだろう?」


 エルスウェンの、正直な気持ちだった。これで、ラティアたちは納得してくれる、そういう自信はあったが――


「痛っ!?」


 脇腹を殴られた。フラウムだった。


 彼女は、酒場全部に響き渡るほどの大声でまくし立てた。


「エルスまで、ゴリラみたいに理屈言いだしてさぁ! そんなホイホイパーティ入れ替えて、さあ迷宮だ! 敵討ちだ! って――なるわけないだろ!」


 フラウムはびし、とエルスウェンの鼻先に指を突きつけて、とどめを刺してくる。


「そんな風に割り切れるなら、誰も今日みたいな葬式なんていらないし、泣いたりする必要もないんだよ! なんで分かんないわけ!?」


「ご、ごめん……」


 その勢いに打ちのめされて、とりあえず、彼女に謝る。


 謝ってから、エルスウェンは気づいた。


「でも、パーティは抜けるよ」


「もー、なんでだっての!」


「……次、ああいうことが起きたときに、みんなを助けられる保証がない」

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