第12話 葬儀のあと、酒場にて #1

 まだ昼間であるせいか、ほとんど閑散とした酒場『サブリナの台所』の一角を占領して、ロイドとラティアのパーティの全員が集合していた。


 エルスウェンは四人掛けのテーブルに、マイルズ、ラティア、フラウムと一緒につき、ロイドたちはザングの欠けた席に、ジェイが座る形で落ち着いている。


 麦酒のなみなみと注がれた大杯を持ち上げて、マイルズが言った。


「じいさんの魂に」


 それに、全員で応じる。口々にザングの魂の平穏を祈り、飲み物を口にした。


 それきり沈黙する。


 十数秒ほどしてから最初に口火を切ったのは、一息に麦酒を飲み干したきりじっとしていた、マイルズだった。


「……しかし、納得がいかねえよ。今日までは聞かないでおいたが、ロイド、キャリス、ジェイ。あの場で一体なにがあった? アイツは一体、どこから出やがった?」


 自分の疑問をそのまま切り出してくれたことに感謝しつつ、エルスウェンは黙って、三人の顔色を窺った。


 まず答えたのは、ロイドだ。


「それが、分からないんだ」


「分からない、だと? ロイド、お前の危険察知力はどうした。探索者だと勘違いでもしたのか?」


「まさか。アレって、見るからにマズい、そういう風体のシロモノだったろ? そりゃ、見た目は人族の剣士だったけどさ、見てすぐに、なにかおかしい……邪悪な魔物だってのは分かったよ」


 ロイドはいやいやをするように首を振り、言葉を続ける。


 エルスウェンは、注意深く彼の言葉を聞いていた。


「うん……。いや、迫ってきているのは、見えていたんだ。でも、あの黒い剣士、様子が普通の魔物と違っていて、戦闘態勢を取るのが、遅れたんだよ」


「普通と違う、っていうのは? どーいうこと?」


 甘い果実酒をちびちび舐めながら、フラウムが聞く。


「音がしなかった。足音とか、鎧の擦れる音とか……あとは、呼吸の気配とか、そういうものもなかったな」


「ロイドの言う通りだ」


 ジェイが話に加わる。


「俺も忍者として、一通りの警戒術は身についてる。が、あいつは妙だった。いきなり回廊の向こうから、ゆっくりとこっちへ歩いてくると思ったら、ザングの目の前で立ち止まり……いきなり一閃だ」


「ザングは、警戒してなかったのか?」


「どうかな。できてなかっただろうな。棒立ちで、あいつを見上げてたよ」


「ザングがやられた後は?」


 ラティアの問いに、キャリスが答えた。


「私が、攻撃魔法を使おうとしました。が……詠唱に失敗したかのようにまるで効果が発揮されず……」


「魔法消去だ」


 それについては、答えが分かっているエルスウェンが継ぐ。


「おそらく、あの黒い剣士の装備品には、魔法消去の加護がかけられてるんだ。だから、僕の生命探知の魔法も反応がおかしくなってしまったし、キャリスだけじゃない、フラウムも魔法を使おうとしたけど、発動できなかった」


「なるほど……そういうことですか」


 口惜しそうに、キャリスが頷く。


 黙って聞いていた、ファルクがたまらずといった様子で、口を挟んでくる。


「でも……なんでそんな魔物が、第三階層に? 真っ黒な剣士の姿をしていて、キャリス、フラウム、エルスの使う魔法が効かない。マイルズさん、ジェイさんふたりがかりでも倒せないなんて……そんなヤツ、どうしたら? 他のパーティにだって、倒せそうな人はいるんですか?」


 ファルクはまだ二十歳頃の、経験の浅い人族、男の探索者だ。剣の腕は優れているが、その他探検に必要な要素というのを、ザングやロイドから学んでいる最中だと言っていた。だからこそ、ショックは大きいのだろう。


 ファルクの混乱気味の言葉に、全員がため息をつく。


 全員が思っているはずだ。ザングの仇を討ちたい。それを抜きにしても、あんな魔物が迷宮内を闊歩しているとなれば、探索も満足に進められなくなってしまう。


 しかし、倒すための方法は、全く思い浮かばなかった。


 ファルクの言う通り、魔法が効かず、探索者の中でもトップの前衛であるだろうジェイとマイルズが組んでも敵わなかった。


 となれば、打つ手がない。


「それでも……やらなきゃならねえだろ。黙ってられるかよ。なあ?」


 追加の麦酒を呷って、マイルズは呟いた。最後の呼びかけは、ロイドたちにだ。


 それに、ロイドは苦く笑う。


「俺たちは、しばらく迷宮からは遠ざかるよ」


「なに? なんでだ?」


「だって……ザングがいなくなって、なんていうか……少し、考えたいというか。すぐに代わりの前衛を捜す気になんて、なれないよ」


「ジェイがいるだろう。お前は、黙って引き下がるつもりはねえだろう?」


 マイルズに言われたジェイは、静かに頷く。


「無論だ。が、精神的支柱を失った、ロイドたちの気持ちも分かる。俺は俺で、あいつについて調べてみるつもりだが。俺にザングの代わりが務まるとは思っていない」


 それも、その通りだろう。


 となれば、ザングの仇は必然的にこちらのパーティが討つ、ということになるのだが――


 エルスウェンは、ひとつ息を整えてから、言った。


「ラティア、言っておきたいことがある」


「……なんだ?」


「ぼくは、パーティから抜けるつもりだ。しばらく、ひとりになりたい。少なくとも――ラティア、マイルズ、フラウムともう一度迷宮に入るつもりは……あの黒い剣士を倒すまでは、ない」

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