第11話 葬儀

「――勇敢なる探索者、ザングの魂に、永遠の平穏のあらんことを……」


 老司祭が、祈りの言葉を結ぶ。


 半ば虚ろに、晩夏の風を頬に感じながら、エルスウェンはそれを聞き流していた。


 葬儀には不似合いな、明るい雲雀の囀りも聞き流す。


 場所は、竜骸迷宮に近い丘の上だった。日はまだ高いが、残暑も和らぎ、少しは過ごしやすくなってきたように思う。が、今はどうでもいい。


 なにもかも、どうでもいいような――悲しみというよりは、喪失感に支配されたまま、エルスウェンはザングを送るための葬儀に参加していた。


 エルスウェンが目を覚ました日からは、三日が経過している。


 ザングの息子が、エルスウェンやロイド、キャリスが動けるようになるまで、葬儀を待ってくれていたのだ。


 ちらりと、葬儀の参加者の様子を横目に窺う。


 当然ながら、エルスウェンも含めて全員が黒ずくめの礼服姿であった。この葬儀の後にすぐ迷宮に潜るつもりなのか、戦闘着や鎧姿に喪章をつけているだけの参加者もいるにはいたが。


 参加者の数は、百人弱はあるだろうか。無頼漢ばかりという色眼鏡で見られがちな探索者の葬儀に、これだけの人が参列している。森人も、小人も、地人も、人もいる。ザングの人柄が、偲ばれるようだった。


 ロイドは式の初めから今まで、ずうっと人目も憚らずに泣き続けている。フラウムも似たようなものだ。ラティアとキャリスは厳かに沈痛な表情を守り、マイルズは、下唇を噛み引き結んで、いつもの何倍も難しい顔をしている。


 ジェイも参列していた。孤高の忍者である彼は忍装束ではなく、今日は借り物だろう礼服姿だった。もちろん覆面もない。細い目を、さらに残念そうに細めて、静かに彼は佇んでいた。


 今回の探索に同行できなかったロイドのパーティのひとり、ファルクの姿もある。


 彼は人族の前衛であり、背丈は百七十の半ばほどだ。くせのないライトブラウンの髪が、風にさらさらと揺れている。


 ファルクは時折唇を震わせつつ、何度もハンカチで目元を拭っていた。


「では、ご親族の方。散灰の儀を」


 老司祭の言葉に、ザングの息子が進み出る。その腰には、ザングの孫が縋りついて泣いている。


 ザングの息子――王都でも一番の鍛冶師ガルドは、子の頭を撫でてあやし、なだめながら、老司祭から陶製の壺を受け取った。


 蘇生に失敗し、完全なる死を確認された探索者の肉体は、全て魔法で焼かれ、まっさらな灰にされる。


 遺灰というのは、完全なる死と、新たな生の象徴であるから。という、儀礼的な意味ももちろんあるが、現実的な理屈によっても意味があった。


 この世には、死体を操り手駒にしたり、邪悪な意図をもって蘇らせる魔法を操る魔物や魔法使いがいるという。もし、屈強な探索者の遺体がそれらの手に落ちれば、甚大な被害を被ることになってしまう。


 それを防ぐため、探索者は死したのちは全て灰にされ、こうして竜骸迷宮近くの丘で散灰をする。そののち、訓練所近くの石碑に名前が刻まれる、というのが、いわゆる探索者たちの葬儀であった。


 ガルドが、壺から真っ白な灰を取り出そうとした。それは手に載せようとするそばから、風に吹き飛ばされていく。


「……大人しく手のひらから撒かれてたまるか、って感じだな。くたばったってのに、いいタマしてやがるぜ。あのじいさん」


 見ていたマイルズが、苦笑交じりに言った。その言葉に、ガルドも含めた全員の間に、小さな笑いが起こった。


「まったくです。最期までちっとも言うことを聞きやがらねえ、親父のやつ」


 その後は、灰の入った壺が参加者に順に回される。エルスウェンも丁重に、ザングであった灰を空へ放った。


 一通り、散灰の儀式が終わると、参加者たちは三々五々とその場を辞していった。最後まで残ったのは、ガルドとその親族に、ザングのパーティであるロイドたちと、エルスウェンを含む、ラティアのパーティだけだ。


 名前の彫られる石碑のある、訓練所の方へと街道を移動しながら、ガルドがジェイに話しかけているのが聞こえてきた。


「親父は……親父の最期は、どうでしたか」


「……勇敢なお父上でした。俺たちパーティの盾になろうと、未知の敵でしたが、一番に向かっていき……。俺たちは、あなたのお父上に生かされました。感謝してもしきれない。どうか、お父上のことを、誇ってください。お父上は、素晴らしい戦士でした」


 ジェイの丁寧な言葉に、ガルドは涙ぐみ、口元を押さえながら何度も頷いていた。


 聞いていて、エルスウェンの脳裏に、ザングの死に顔が蘇った。


 印象的なのは、驚愕に見開かれた両目だった。なぜそんな死に顔なのか見た瞬間に疑問に思ったが、今もそれは胸に蟠っている。まず理由として想像されるのは、突然の攻撃によって命を落とした、という場合だろうか。


 であれば、ジェイの語る状況とは、いささか食い違うが。彼は遺族のために、死者の名誉を守ろうとして、あのように語ったのかもしれない。


 そもそも、歴戦の戦士であるザングが、不意打ちでない限りああも無残にやられることがあり得るのか、という考えもまた、その説を補強してくる。


 いずれにせよ、ジェイやロイド、キャリスに聞いてみる必要がありそうだった。彼らはそもそも、何が起きたかを知っているのだから。


「どうした、エルス、まだ傷が痛むか?」


 隣を歩くラティアが訊ねてくる。どうやら、かなり難しい顔をしていたらしい。


「いいや、なんでもない……。傷は大丈夫。ラティア」


「なんだ?」


「これが終わった後は?」


「そうだな。もう、三日が経った。ひとまずは『サブリナの台所』だろう。ロイドのパーティと、私たちのパーティで、あの時の情報を詰めるつもりだ。……そうでもしないと、全員が落ち着かないだろう? このままではな」


「そっか。分かった」


 頷いて、エルスウェンは視線を前へ戻した。遠くに何枚かそびえ立つ、大きな石碑が見えてきていた。

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