第10話 目覚め #2
「ロイド、キャリス…………ザングは……?」
エルスウェンがそれを訊ねると、ラティアはやや目を逸らせて、答えた。
「ロイド、キャリスは無事だよ。エルスのおかげだ。今はまだ眠っているが、じきに目を覚ますだろう」
「……ザングは……」
重ねて訊くと、ラティアは首を振った。
「……駄目だった。蘇生には失敗した。ザングは……永遠にこの世から失われた」
ラティアの言葉は、痛みそのものを、口から吐き出すような調子だった。
ベッドの足元からは悔しそうな舌打ちと、左側からは啜り泣く声が聞こえる。
「……そうですか……」
エルスウェンは瞑目した。
そういうことがあるのだと、理解してはいるつもりだった。
探索者を志願する者は、王都の外れにある訓練所で鍛えられる。
すでに腕に覚えのあるものは、腕前の披露と、簡単な講習を受けるだけで探索者の資格を得られるのだが、まだ年若い志願者は、訓練所で迷宮で必要な知識と技術を、卒業の許可が下りるまで徹底して鍛え上げることになる。卒業のあかつきには、晴れて探索者の資格とその証である指輪を与えられる。
さらに、探索者の資格を得たものは、死者蘇生や解呪の儀式を司る『祝福の聖堂』にて、至高神の祝福と加護を得るための儀式を受けることになる。
つまり探索者たちは、鍛え上げられた肉体と至高神の祝福・加護を持つ、特別な存在である。だからこそ、命を落としても聖堂で死者蘇生の儀式を受けることで蘇生が可能なのだという。
しかし、死者蘇生といえば万能の業に思えるが、うまい話だけではない。
原形すら留めぬほどに遺体を損壊されたり、あるいは高位の魔物である魔族――吸血鬼、夢魔、淫魔、妖魔、悪魔の操る生命力を直接奪い取る類の攻撃で命を落とした場合、蘇生は原則不可能であるし、老衰、病死した探索者を蘇生することはできない。
加えて、祝福は蘇生を経験するたびに薄れていく。加齢によっても薄れていく。つまり蘇生するごとに、歳を取るごとに、成功率が下がっていくことになる。
一度目の蘇生ですら、戻ってこられる可能性は十割ではない。一度目でも失敗し、失われる命もある。
エルスウェンはまだ一度目の経験で、年齢は十八歳。成功率は、ほぼ十割あっただろう。
ザングは……齢八十を超えた、歴戦の戦士だった。本人から直接聞いたわけではないが、蘇生の経験も、一度や二度ではないだろう。
失敗して当然だった、と言うのは簡単だ。
『わしが危ないときは、また助けてくれ。頼むぞ』
『大丈夫、おぬしなら親父さんにも追いつける』
ザングの、太い声と太い笑顔が脳裏に、そして太い手の感触が、肩に蘇る。そしてもう――彼に会えないのだ、という現実が、胸に満ちていく。
今はまだはっきりと思い出せても、それは時と共に風化していくだろう。
「……ザングさん」
エルスウェンの閉じたまぶたから、涙がこぼれた。
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