第6話 遭遇、黒い剣士 #2
エルスウェンたち四人は、数瞬硬直していた。が、まず一番に、悲鳴の方向へエルスウェンが駆け出した。そして舌打ちの後、マイルズ、ラティア、フラウムが続く。
「なんだ、どうなってやがる!? 周囲に魔物はいないんだろ!」
隣に並んできたマイルズに、エルスウェンは首を振るしかなかった。
「分からない。僕の魔力の反響が、八十メートル先のところですっぱりと途切れてしまってるところがある。放った魔法の魔力が打ち消されてしまっているような、そんな空間がぽっかりと空いている。そんな感じなんだ」
「なんだってんだ? そういう魔法を使う魔物か?」
「障壁かなにかを張られれば、探知はできなくなるけど……それとは違うと思う。それに、そんな魔法を使う魔物、第三階層にはいないでしょ?」
「チッ――くそ、なら、確かめてみるしかねえな!」
ほんの八十メートルの直線なのに、それがやけに長く感じる。やがて、フラウムの照明魔法の範囲内に届いたのか、ぼんやりと人影が見え始める。
近づくにつれて、濃厚な血の臭いが鼻に届いてきた。エルスウェンの背筋を、冷たいものが走った。これは……何人か死んでいてもおかしくないほどの濃厚な匂いだ。
「ロイド! ザング! キャリス!」
マイルズが声を限りに絶叫する。三人からの返事はない。
エルスウェンは目に入ったあまりの惨状に、呼吸が止まりかけた。
ザングが腰から真っ二つに身体を両断されて、通路に転がっていた。
その目は驚愕に見開かれていて、まるで自分になにが起きたのか分からないまま、事切れたようだ。
ロイド、キャリスのふたりはひどく深い切創を負い、倒れ伏していた。床には、大きな血溜まりが広がっている。
「なんだ、テメエは……」
憎々しげに呟くマイルズ。それにエルスウェンは顔を上げて、彼の視線を追った。
ザングの遺体の先、五メートルほどの場所で、忍者のジェイと、黒い甲冑を全身に纏った剣士とが、相対していた。
その黒い剣士が、この惨状を作り出したのだろうか。エルスウェンは訝った。
それはともすれば魔物には見えない――身長は百八十ほどの、探索者の剣士かと勘違いしかねなかった。
だが、違うということもすぐに分かる。あれは探索者ではなく、なにか魔物の類だ。全身を包む甲冑から黒い霧のように禍々しい瘴気が立ちのぼり、異様な雰囲気を醸し出している。
その瘴気は陽炎のようで、その輪郭までおぼろげに見せていた。
「来るな! こいつは普通じゃない!」
ジェイは、こちらの到着に気づいているらしい。彼は鋭い声で、助太刀に入ろうとしたマイルズを制する。
「俺が時間を稼ぐ! ロイドたちを救出して、お前たちは逃げろ!」
その言葉に、マイルズは不愉快そうに舌打ちをした。大剣を担ぎ、兜の面頬を下ろす。
「じいさんを殺ったのは、そいつなのか」
問いに、ジェイは無言の肯定を返す。
マイルズは頷くと、咆哮を上げた。
「オオオオオアアアアアァァ――!」
目にも留まらぬ、全身鎧を装備した戦士とは思えぬ速度の突進だった。エルスウェンは、ロイドの傷を確かめ、治療の魔法を使いつつ、マイルズの攻撃も目で追った。
通常であれば、身の丈三メートルほどの大きさを誇る魔物、食人鬼ですら一刀で屠り去る、マイルズ渾身の一撃だった。
「なっ――!?」
その一撃を、その黒い剣士はゆるりと、無造作に剣を振るうだけで払いのけた。まるでカーテンを手でそっと退けるような、それだけの動きに見えた。
渾身の一撃を、マイルズは最小限の動きで無効化された。死に体になった彼の胴に、黒い剣士の剣が最短距離で滑り込む――が、それは横からジェイが剣士の腕を蹴り上げたおかげで、空を切った。
そのままジェイは、掌打を剣士の腹部へ叩き込んだ。鈍い衝撃音が響くが、剣士は少し身じろぎしただけでびくともしない。返すように振るわれた剣を、ジェイは飛び退って回避した。
その反撃の隙を狙い、マイルズは死角から斬り込んでいく。が、そちらを見ることもなく、黒い剣士は剣を翻して攻撃を弾き返す。
たったそれだけの攻防だったが、マイルズは肩で息をしている。ジェイも似たようなものだ。が、黒い剣士は泰然と、構えもなく自然体で立っていた。
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