第5話 遭遇、黒い剣士 #1

 キャンプの跡を始末して、ロイドたちから遅れること数分。エルスウェンたちも出発することにした。しばらく道なりに進み、左右に分かれたところを、右へ進む。


「まあ、ここまでは時間を食いすぎたが……先行してるパーティは、もういねえはずだな? ラティア」


「うむ。心配しているような時間のロスはあるまい。第五階層までのルートははっきりしているし、余計な魔物は避けていけば……食料の心配も、ないだろう。第四階層は、大階段までの最短距離を行けば半日とかからない」


 前衛のふたりは、エルスウェンを振り返ってきた。それに頷き返す。


 数百年近く、この竜骸迷宮は探索者を跳ね返し続けている。


 最深部――それは第十階層だと言われているが、そこに到達したパーティは皆無であり、真偽のほどは分からない。


 二十年近く前に、ひとつのパーティが第九階層に到達したというのが、現在における最高踏破階数であった。


 迷宮は深部に至るほど瘴気が濃くなり、それを糧とする魔物たちは強靱、強大になる。探索者は呼吸が苦しくなり、長く滞在することは困難になってくる。


 現在の迷宮は、第一から第三階層はほぼ十割。第四階層も九割が踏破されている。第五階層は三割から四割。第六階層は、一割未満、といったところだろうか。


 今回のエルスウェンたちの行軍は、まだ新米であるエルスウェンの経験を積みつつ、第五、いけそうなら第六階層まで進み、地図を作成することが目標だった。


 歩きながらも、エルスウェンは生命探知の魔法を維持し続けて、常に周囲の様子を探っていた。キャンプ時など、静止しての探知より正確性は落ちるが、それでも魔物の奇襲を防ぐだけなら、十分役に立つ。


「魔物はいないよ。予定されていたルートで大丈夫」


 それにマイルズとラティアも頷き返してくれる。ふたりは、すぐに前方へ視線を戻した。


 こうしてエルスウェンが生命探知魔法を使い続けていれば、奇襲どころか一匹の魔物にも遭遇せず、第五階層に辿り着けるだろう。


 魔物には、徘徊型と門番型の二種類がある。


 徘徊型とは、縄張りを離れ、食料や財宝を集めるために迷宮内を彷徨っている魔物を指す。門番型とは、迷宮内の玄室に陣取り、溜め込んだ財宝などを守護する魔物を指す。


 通常、門番型の魔物が持ち場を離れることはない、とされている。エルスウェンの生命探知は、その性質上物体を透過して観測はできないが、徘徊型さえ警戒できれば、魔物の脅威は限りなく抑えられるのだ。


 幼少時より、エルスウェンは母の教えによって、この生命探知の魔法を重点的に磨いてきた。これは現在では失われた古代魔法のひとつであり、使い手はおそらく、エルスウェンとその母しかいない。


 対象が、こちらの飛ばす魔力を気取ったりしないように、限りなく微弱な魔力を飛ばすことにも注意しているし、制御も完璧だ。現に今も、左のルートを選んだロイドたちの姿を感知することができる――


 と、ロイドたちを認識しようとしたとき。エルスウェンは足を止めた。


「変だ」


「んー? なにが?」


 のんびりと聞き返したのは、フラウムだ。マイルズとラティアも足を止める。


「どうした? 敵か?」


「分からない……変だ。なんだ、これは……?」


 生命探知の魔法から伝わる反応に、エルスウェンは頭が混乱するのを感じていた。


 眉間に皺を寄せたマイルズが、訝しげにこちらを見る。


「おい、俺は魔法使いじゃねえんだ。分かるように言ってくれ」


「僕にも分からないんだ。ただ、ロイドたちが危ないかもしれない」


「なんだと?」


「探知の感覚が……なんだかおかしいんだ」


 曖昧に述べてから、背後を振り返った。


 エルスウェンは照明魔法の光の届かない、迷宮の通路の先を見た。


 ロイドたちは、ここから真っ直ぐ、八十メートルほどの場所にいる。それは歩いている間、ずっと把握していた。


 だが、彼らのほんの少し先の空間から、魔力の反響の手応えが得られない空間が、突然ぽっかりと現れた――そんな感じがあった。


 ほんの少し先、というのは、たとえば人と人とが会話をするほどの距離だ。


 生命探知魔法を覚えてから、それは初めての経験だった。


「反響がなくなった? ……いや、これは……?」


 エルスウェンは、違和感を言葉にできなかった。


 探知魔法は確かにそこ――ロイドたちの目の前になにかあると訴えているはずなのに、なにも感じ取ることができない。


 そして、その考えは中断された。


「――うぎぃいあああああっ!」


 通路の向こう、暗闇に悲鳴がこだました。


 ロイドのものだ。尋常でない、この世のものとは思えない恐ろしい絶叫が、闇の向こうから響いてきた。

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