第4話 魔法使いエルスウェン #4
「そうそう、なんでもその正体は、遠い東の国から流れてきた達人級のニンジャだって言うじゃん! ホントにニンジャなの? アーユーデンセツのニンジャ?」
「ああ、そうだ」
思ったよりもあっさりと、そして低めだがよく通る声でジェイは頷いた。
「伝説かどうかは知らんが……忍者としての修行は一通り修めている」
「しゃべったああああ! ええー、声もイケボ! さては覆面を取ったら塩顔のイケメンってやつだなコノ! おいロイド、うちのゴリラとこいつ交換しろ!」
「いっ、いやいや、そういうのはちょっと」
ロイドはフラウムの要求に、軽く後退りしつつ首を振る。
トレードに失敗したフラウムは、マイルズの舌打ちの真似をしてから、言った。
「でもさ、よくロイドのとこに入ってくれたね、この人。いや、ロイドのとこも強いパーティだけどさぁ、ずうっと単独で迷宮に入ってるって変態でしょ? この人。どうやって誘ったわけ? 変態仮面ならではの弱みでも握ったの?」
「知らないけど……。普通に誘っただけだよ。君たちが迷宮に潜った後も、俺たちは前衛を捜しててね。ほら、前の探索でさ、助けてもらったけどファルクがまだ傷が癒えなくて。で、たまたま、訓練所のそばでジェイのことを見つけてさ、ダメ元で誘ってみたら、いいよって」
「すげー。ロイド、鬼のコミュ力だよね」
「いやいや、フラウムちゃんには絶対敵わないけど。そもそも、この探索一度だけって約束でついてきてもらったんだ」
「え、そなの? ああ、まあファルクがいるもんね」
「うん。今回の探索も、ファルクの代理が見つからなかったら見送るつもりだったんだけどね。ザングがリハビリしたいってのと、あとはキャリスが、新しい魔法を試したいってことでさ。第五までは行かないよ。第四階層で、適当に換金できそうな物を漁るつもり」
元々、ロイドたちのパーティは迷宮の踏破を第一目標とするのではなく、財宝の回収を主眼に置いている。ロイドが常に分解、組み立てが可能な簡易的な
年老いても強靱な肉体を武器に戦うザング、若き剣士であるファルク、攻撃魔法も、回復魔法も両方使いこなせる優秀な魔法使いであるキャリス、そしてどんな財宝の匂いも逃さず、いかなる錠も外し、あらゆる罠を解除することができると豪語するロイドのパーティは、トップクラスに優秀な探索者パーティなのだ。
そこにニンジャが加わったとなれば、エルスウェンにできる心配など存在しない。
「へー、そっかそっか。じゃあ、危ないことはないね。一応教えとくと、さっきのエルスの生命探知ではこの周囲百メートルは魔物いないみたいだよ」
「そっか、ありがとう。助かるよ」
ロイドはエルスウェンたちに頭を下げてきた。それに会釈し返すと、ロイドの背後に佇んでいる、法衣姿で、黒髪をオールバックに整えて眼鏡をかけた長身の人族の男――キャリスが言った。
「そろそろ、行きましょうか。ラティアさんたちは右のルートですか?」
「ああ、そうだ。第五階層を目指しているからな。そちらは?」
「左。第五階層への階段へは引き返さないといけなくなっちゃうけどさ。今回は、適当に玄室も漁っておきたいから」
「ここまで、なんかいいもん見っけた?」
フラウムに言われたロイドは、肩をすくめて首を振った。
「ぜーんぜん。未識別の呪いのかかったものばかりで、全部捨ててきちゃったよ」
「ザングに見てもらえばいいじゃん。なんたって地人で、元鍛冶師なんだから」
「ザングが鑑定しても、使いものにならないものばっかりだったんだよ。キャリスにわざわざ迷宮内で解呪してもらうほどじゃなかったんだ。瘴気にやられたアイテムは壊せないし、捨てるくらいしかできないんだから、持ち歩くだけ手間でしょ? ……この階層の玄室には、いいものがあるといいんだけどなぁ」
そのロイドの言葉を聞いて、エルスウェンは付け足した。
「僕の生命探知では、玄室の中までは判別できないんだ。だから――」
「気をつけろ、でしょ? 大丈夫だって」
愛嬌のある顔でウインクをして、ロイドが親指を立てる。冗談めかしているが、その目に油断も慢心もない。
元来、小人族は手先が器用で、ひょうきん者が多い。それゆえに探索者のパーティではロイドのように、解錠などの小回りの利く役目を買って出ることが多いのだが、一番重宝するのは、このムードメーカーぶりだろう。
長く迷宮に潜っていると、どうしても気分は暗くなる。先ほどのマイルズとエルスウェンのように、口論が発生することも珍しくはない。そんな時にいて欲しいのが、ロイドのようなムードメーカーなのだ。エルスウェンのパーティでは、その役はもちろんフラウムが一手に引き受けている。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「うん、気をつけて」
別れの挨拶はそこそこに、ロイドたちが出発する――迷宮内でパーティが出会った場合、親しくするのは構わないが、別れるときは簡潔に、手早く済ませるという、探索者たちの間では暗黙の了解になっているジンクスがある。
あまりに強く互いの健闘を願ったうえで別れると、それは傍目には今生の別れのようにも見え、あまりにも不吉だ。だから、すぐにまた地上で再会しよう、と軽い挨拶だけで済ませるようになったのだ。
が、ザングは立ち去ろうとした足を止めて、エルスウェンのところまで戻ってくると、ぽんと肩を叩いてきた。地人族は背が低く、ザングも百四十センチほどしかないため、石畳に腰を下ろしているエルスウェンから見ても、小さい。
それでも、年齢は八十を越えていて、その長老めいた頼もしさから探索者の中でも一目も二目も置かれている好々爺が、ザングだった。エルスウェンも、こうして探索者としての生活を始める前から今まで、常に助言をもらっている。
「念を押しておくが、自分の命を優先しろよ、エルス。そしてあまり思い詰めるな。大丈夫……おぬしなら親父さんにもきっと、追いつける」
「……はい。ありがとう、ございます」
背は小さくとも手は大きい。篭手をつけたままの手でザングはエルスウェンの肩を何度か揉むと、にかりと笑ってロイドたちに追いついていった。
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