Ⅰ
第1話 魔法使いエルスウェン #1
竜骸迷宮 地上第三階層――
迷宮内部は、どこまでも静かだった。
即席の結界内でキャンプをしていると、それは否が応でも意識させられてしまう。
エルスウェンは精神を集中させて、自身にしか不可能な古代の魔法、生命探知を駆使していた。
同じパーティの面々は、先ほどまでの議論の矛をひとまず収めて、エルスウェンに注目して、動向を見守ってくれている。
長い沈黙に耐えられなくなったのか、人族の女魔法使い、フラウムが聞いてくる。
「……ね、どうなの? っても、まだ第三階層なんだけどさ」
その言葉に、エルスウェンは閉じていた目を開けた。思ったよりも近く、目の前にフラウムの顔があって、少し驚いた。
癖のあるふんわりとした金髪に、愛嬌のある大きな瞳――普段は天真爛漫そのもので、きらきらと輝いているその茶色の瞳は、迷宮内であろうと陰ったりはしない。
「うん。魔物はひとまず、半径百メートル以内にはいないと思う」
「なんだ、じゃあ、気をつけてれば全然安全じゃん」
「でも、あっちから……四つ一塊の生命反応が向かってきてる」
エルスウェンは、自分たちのパーティが進んできた方向の回廊を指さした。
「ふうん。でも、四人一塊ってことは……たぶん同じ冒険者だよね? 小鬼とか犬鬼、豚鬼の、魔物パーティの可能性は?」
「装備しているものの感覚からして、それはないと思う。十中八九、探索者のパーティだと思うよ」
エルスウェンが答えると、それまでむっつりと沈黙を保っていた全身鎧の大男、マイルズが聞こえよがしに舌打ちをした。
彼はキャンプ中でも、地面に腰を下ろしたりはしないのが常だ。壁にもたれるだけか、あるいは直立不動で迷宮行く手の闇を睨み続ける。身長は二メートル近くある偉丈夫である彼が完全装備でそうしていると、魔除けの銅像にも見えるほどの威容があった。
ただ、今は兜だけは外していた。短く刈り上げた黒髪に、ごつごつと骨っぽい、粗っぽくも理屈屋な性格をそのまま輪郭にしたような顔――それにぎょろりとくっついた黒い瞳が、エルスウェンを睨んでいる。
「ロイドたちのパーティだろう。俺たちより、確か――三日遅れで迷宮に入る予定だったはずだ。で、俺たちは、この迷宮に入って三日目だ。これがどういう意味か分かるか?」
静かな怒りが自分に向けられていることを感じて、エルスウェンは身を縮めた。
マイルズはすでに三十も半ばを過ぎ、歴戦の勇士として探索者たちの中でも一目置かれる達人のひとりである。その一睨みで下級の魔物ですら怯えさせて、後ずさらせるほどなのだ。
そして、静かな口調の後には気をつけたほうがいい。エルスウェンがこのパーティと付き合いを始めてまだ数ヶ月、というところだが、それはすでに頭に叩き込まれている。
お約束である大噴火を、すうと息を吸い込んでからマイルズが解き放った。
「たかが第三階層に到達するのにだ! 俺たちはバカみてえに三日もかけてるってことだ! ロイドたちはたったの一日で俺たちに追いついてきてるんだぞ!」
「よさないか、マイルズ」
静かな、凛とした声がマイルズを制した。このパーティのリーダーである人族の女性、ラティアだ。
ラティアは、マイルズとは違い、胸当てや篭手も外して寛ぎの姿勢である。銀に輝くストレートのロングヘアをかき上げると、マイルズ、エルスウェンと順に見る。
「確かに時間はかかったが、エルスの探索魔法はこの先の階層を見据えるに、必要なんだ。特に、暗闇の回廊が広がるという第六階層には――」
「今第三階層なんだぞ。ろくに踏破もされてない五階層以降に到達するのは、いつになるんだろうな?」
皮肉たっぷりに言ってみせるマイルズに、フラウムが食ってかかった。
「ラティアの言う通り! 脳みそまで筋肉のゴリラには分かんないんだろうけど、エルスの探知魔法は普通の魔法じゃないんだよ! 魔力を、超微弱な波動に変換して全方位に放って、ほら、コウモリの反響定位みたいにさ、いや、それよりも詳しく全部分かっちゃうわけ! そうやって魔力操るなんて、私にだって全然無理な超スゴ技なんだから!」
「しゃらくせえ」
マイルズはにべもなかった。
「森人族の混血の末裔だかなんだかの高級技とやらの価値は認めるさ。だが、何度も言うが……そのご大層な新入り術士の博愛主義に、俺はうんざりしてんだよ!」
凄まじい怒鳴り声に、エルスウェンは片目を閉じた。この一ヶ月間だけで四度の探索があった。その度にこうして怒鳴られているが、ちっとも慣れない。
こめかみに血管を浮かび上がらせて、自分の怒声でさらに興奮を高めたのか、さらにマイルズは言い募ってくる。
「ここまで、何個のパーティに救いの手を差し伸べたんだ、俺たちは!」
「……四つ、かな」
「よく覚えてるじゃねえか。お前の回復魔法は、何度使った? 帰還の巻物までおまけにつけてやってたよな。おかげで帰還の巻物は、フラウムの持ってるのが最後の一個になっちまったんだぞ」
「巻物については、最終的にマイルズも了承しただろう? それに、僕に魔力切れの心配はいらない。マイルズや、ラティア、フラウムたちになにかあったときに、足りなくなるようなことはないんだよ」
それは、ほとんどお決まりの反論ではあった。
が、このタイミングに至っては、それがさらにマイルズの神経を逆撫でしてしまったらしい。彼は迷宮の石壁を思い切り裏拳で殴りつけた。ぱらぱら、と欠けた石が落ちる。
マイルズとエルスウェンは、先ほどからこの調子で口論を続けていた。口論、というよりは、マイルズが一方的に言い募るだけだが。
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