第2話 魔法使いエルスウェン #2
この説教は、これまでの探索の時から、毎度おなじみになりつつあった。つまりマイルズは、迷宮内で行き合ったパーティをエルスウェンが積極的に助けようとすることが、徹底的に気に入らないのだ。
「お前はこのパーティの一員なんだよ! 探索ってのは命懸けなんだ! 確かに、死んじまっても遺体を回収してもらって、聖堂に金さえ払えば蘇生の可能性もある」
そこでマイルズは言葉を切ってエルスウェンの顔を確認してきた。そして、忌々しげに続きを喉から搾り出した。
「……だが、いくら俺たちが祝福と加護を受けててもだ。遺体がめちゃくちゃに損壊されてしまえばそれはもう蘇生できない。こんな低層をうろついてる豚鬼だろうと、油断してやられて、食われちまったらお終いなんだ。それくらいは新米のお前でも分かるだろうが?」
だんだんと、マイルズの声音はエルスウェンを諭すものへと変わっていく。
「迷宮では何が起こるか分からん。お前が他のパーティに手を差し伸べるのは、確かにご立派なことだ。が、お前が率先して勝手な行動をしている間に、残りの俺たちが奇襲を受けたら? 同時にふたつのパーティが苦難に陥っていたらどっちを助ける? あとは、このパーティで回復や、毒の治療やらを受け持つ約束のお前だけがやられたり、はぐれたらどうする? そうなりゃあ、俺たちも終わりなんだ」
「……すみません」
「ふん。その『すみません』を聞くのも、何度目なんだかな。毎回言って聞かせても、何度謝るのを聞いても、お前の行動は変わらねえ。こうなったら――」
マイルズは大きく嘆息して、首を振った。
「道はひとつしかねえぜ。お前が考えを変えないなら、俺かお前のどっちかがこのパーティを抜けるんだ」
「決まりじゃん。お前が出てけよなゴリラー!」
親指を下にしてぶーぶー言ってみせるフラウム。マイルズは完全に彼女を無視している。エルスウェンは、それを手で制して、言った。
「マイルズは、探索者の中で、一番の猛者だよ。それなら、抜けるのは僕だ」
「はぁ!? あり得ないし!」
フラウムはさらに親指を下にした手を強調しながら、早口に続ける。
「ラティアがエルスをスカウトしてさぁ、それからは確かに、ちょっと色んなパーティ助けすぎでしょとは思うけど、まあいいことしてるわけだし、それで私たちパーティの評判もすっごくいいんだし! なにより、マイルズみたいなゴリラが抜けたら、私とラティアとエルスで超美形パーティの完成じゃん! 前衛任せられる戦士なんて、エルスみたいなレアな魔法使い見つけるよりも簡単に見つかるんだしさぁ。エルスが抜けちゃうなんてあり得ないっつーの!」
彼女はエルスウェンのひとつ上の十九歳だ。その若さであらゆる攻撃魔法を身につけているフラウムは、肺活量も大きく、これくらい一気にまくしたてるくらいはなんでもない。
そんな彼女を、手をもう一本増やして両手で制する。
「最高の戦士であるマイルズに、最高の攻撃魔法使いのフラウムがいて……ラティアは剣士でありながら回復魔法を使える、素晴らしいリーダーなんだ。それだけでこのパーティは、ほとんど完成されてる。まだ探索者になったばかりの僕を抱えてここまでやってこられたのは、みんなが優秀だからだ」
エルスウェンはみんなを見回した。そして、マイルズに視線を戻す。
「父の教えなんだ。『困っている人がいたら助けなさい』――僕には、無限の魔力がある。だから……ひとりでも多くの探索者を助けたいと思ってる。迷宮の踏破のために、探索者はひとりでも多いほうがいい。死んでいい、無視していい命なんてないはずだろう?」
「オヤジの教えねぇ……」
ちっと、また舌打ちをするマイルズ。
「だからってテメエはな……。じゃあ、道に落ちてる野良猫野良犬全部に餌をやって回る気か? 全部世話するのか? ンなことをしてたら、まずテメエが潰れちまうんだよ」
「うん……。マイルズの言う通りだと思う。でも、僕はどうしても……助けられる命を無視することなんてできない。たとえ、自分が死ぬことになっても」
言い切ると、またマイルズが舌打ちをする。
「テメエが死んでも、誰かを助けられればチャラだ、ってか?」
「なくなるのが、僕ひとりの命なら。でも……確かに、パーティのみんなの命を危険に晒してしまっているのも事実だって分かってる……ラティアの言う、五階層、六階層と未知の領域に差し掛かったら……そこで僕の判断が間違っていたら、ごめんじゃ済まされないことも分かるよ。だから――」
「もういい、エルス」
優しく、ラティアがそこで割り込んできた。彼女は重く頷くと、言った。
「とにかく、ここは迷宮の中なんだ。それこそ、仲違いをしている場合ではないだろう? 今は一旦、全てを忘れろ。エルス、お前がどうするかの話は、この探索を終えて王都へ戻ったら、続きをすることにしよう。マイルズも、ひとまずは飲み込め」
「……了解」
「……分かりました」
マイルズと同時に、エルスウェンは頷いた。と――
かちゃ、かちゃ、と金属が擦れ合い、鳴る音が聞こえてくる。エルスウェンたち四人は、その音のほうを見た。
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