第30話
十二月。完全に取り壊された弓道部後に弦がいた。
「名残惜しいか」
後ろから道着姿の志姫が声をかける。
「私はこの一年充実してた。弦のおかげだ」
「そうか」
お互い顔は見ず、ただ前を見て言う。
「弦、『武士道』てなんだと思う?」
「なんだ、急に」
「私なりに答えが出たんだ。『武士道』は憧れ、なんじゃないかって」
「憧れ――」と弦が口ずさむ。
「未だに『武士道』が廃れないのは誰かがそれに憧れるから。本当にそんな美徳な精神があったのか、とかそういうのは関係ないんだ。義に生きて、日々勇み、仁徳の心を持って、礼を尽くし、誠の精神を貫く。どれかに憧れたその瞬間『武士道』が匂ってくるのさ」
「憧れるものがいるから廃れない、か」
弦がハッとする。
「――いつかこの場所で、弓を引き絞る音がするだろうか」
「ああ、するさ。経験者とか関係なく憧れる人が現れれば、必ず」
「そうか。なあ志姫、さっき一年充実してたと言っていただろう?それは私も同じだ。ただ、どうにも気が晴れなくてな」
弦が大きく伸びをした。
「どうだ、この後蕎麦でも食べに行くか?」
「わるいな、この格好を見ればわかると思うんだが、御呼ばれしてるんだ。ここ一番の大勝負、高校での千秋楽さ」
小体育館へ歩き出した志姫の肩を牡丹雪がそっと濡らした。
萌えろ撫子 万年一次落ち太郎 @7543
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