第29話
「これって――」
大会前日に張り出されたトーナメント表。その一回戦で朱利と茅が当たっていた。
朱利と茅がお互いの顔を見る。
「まあ、剣道人工も減ってきてるからありえんこともないのがな」
大会を見に来た門無がぼそりと呟く。
「あはは、さっそく約束の時かぁ」
「んん?どうしたの『私、負けるきないから!』じゃなかったの?」
「声マネしないで。というか似てない!」
ふくれっ面していた朱利が笑う。
茅も釣られて笑った。
「こないだは先に言われたけど、私が勝つ負けない」
「――二人きりで盛り上がってるところすまない。一言いいか、私が勝つ」
黒はそう言い切ると志姫に火打石を打ってもらい、一回戦の会場へと歩き出した。
朱利と茅も言葉を交わすことなく別れる、面をつける。
「ぶちかましてけ」門無が茅に火打石を打つ。
「自分を信じて、行ってこい」志姫が朱利に火打石を打った。
「んじゃ、私は黒のところに行ってくるから」
門無がそういい残し、黒の元へ。
「お互いに礼!」
朱利と茅、お互いに礼を交わし半歩前にでて蹲踞する。
「一本目!はじめ!」
立ち上がり、朱利が檄を飛ばし茅が啼く。
じりじりとした間合いのはかりあいが続く中で朱利が担ぎ面を繰り出す。
それを受け切った茅が、鍔迫り合いから素早く引き籠手を打ち、再び間合いのはかりあいとなった。
緊張感が漂う場内の中、ふいに朱利の動きが鈍くなる。
「集中してるな」
最悪、反則にもなりそうなゆったりとした動きで朱利が間合いを詰める。
檄を飛ばしては啼き、檄を飛ばしては啼き。
剣先と剣先が触れる。茅に竹刀に無駄に力が掛かったのか剣先が垂れる。
瞬間、弾きだされるように朱利が飛び込んだ。
若干遅れて茅も籠手へと仕掛ける。
「面あり!」
茅の方にも旗が上がったが、主審と副審二人が上げたのは朱利のほうだった。
ほどなくして三分経ったことを知らせるアラームが鳴り響く。
「勝負あり!」
お互いの一礼し下がる。
朱利は面を取ると早足で茅の方に向かった。
「――ああ、クソ、負けた。髷でも首でも持ってけい」
「そんなものいらないよ」
「はぁ。格好つけて『諦め』なんて言わなきゃよかった。悔しくて諦め切れやしない」
差し出された朱利の手をとらず茅が立ち上がる。
そんな朱利たちの元へ黒が普段通りの表情で戻って来た。
「勝ったんだね」
「うん、勝った。そっちはどっちが?」
茅が一度視線を落として朱利の方を見た。
「そう。じゃあ次は――」
「私が相手だよ」
奇しくも二回戦も鎬原高校同士の対決となった。
「朱利」と、志姫が呼びかけ会場の外に連れ出す。
袴をめくり朱利は太ももを志姫にみせた。
巻かれていた包帯をとり、例の液を染み込ませておいた包帯と取り換える。
「痛みはないか?」
「はい。大丈夫です」
「よし」志姫が火打石を打つ「行ってこい」
会場に戻ると黒がすでに面をつけて待っていた。
朱利も面をつけ黒の前と歩みを進める。
「ねえねえ」
「なんだ?」
「志姫、先生とかどう?案外向いてるかもよ?」
志姫が呵々と笑った。
「私はなにも教えちゃいない。ただ一緒に食べて素振りして、それだけだ。それにだ、私の方が多く教えられたよ」
「お互いに礼!」
朱利と黒が一礼し蹲踞する。
「まったく、本当に――教えるって難しいよ。誰かさんが言った通りだ」
門無が横目で志姫を一瞬見て、すぐに試合へ視線移す。
「一本目!はじめ!」
朱利が檄を飛ばし、黒が勇む。
速攻を仕掛けてきたのは黒の方。真っすぐ面へと差し込んだ。
構えを崩すことなく受けた朱利は、鍔迫り合いからの引き技ではなく素早く組みほどくことで黒との間合いを離した。
朱利が半歩前に詰める。黒は動かない。
お互いの竹刀の中結が触れるか否かの瞬間、朱利が黒の竹刀を払い差し込む。
だが先に黒の竹刀が朱利の胴を掻っ捌いた。
「胴あり!二本目!」
一本とったことで余裕が出てきたのか黒が前へ前へ詰めた。
朱利も前へと詰めようとするが勢い敵わず半歩後ろへ追いやれる。
再びじりじりとした雰囲気が漂いはじめた場内で朱利は檄を飛ばし大きく前に出た。
当然間合いが詰まる。だが朱利は元より黒も下がらない。
「やめ!分かれ」
主審のその合図により一度、最初の間合いまでお互いに下がる。
「はじめ!」
一度分かれたことで気持ちも治まったのか朱利も前へと詰めだす。
そして檄を飛ばし、強く蹴り上げ、黒へと差し込む。
渾身の力で差し込んだ一撃を黒は受け切ることができなかった。
「面あり!」
黒が中央の白線へと戻る中、朱利は片足に重心を乗せたまま動かなくなってしまった。
志姫が主審の方へまわりこみ事情を説明する。
「勝負あり!」
黒の方へ旗が上がり。朱利は志姫の肩を借りて城内の外に出た。
「ヤバイ系?」
すぐさま門無が救急鞄を手に駆け寄る。
「外でやる。黒のことを任せた」
「オッケー」
会場の外に出て朱利の袴をめくると取り換えた包帯が赤く染まっていた。
傷口が開いたのだ。
「沁みるぞ」
包帯をとり、例の液にガーゼを浸し傷口を消毒する。
幸い深いところまで裂けておらず、出血はすぐに収まった。
「すみません」
「謝るなら、自分の体にだな」
会場の外まで場内の熱気が溢れてくる。
「黒にも謝らないと」
「きっと、謝るより怪我を直して本気で相手してあげた方が喜ぶよ」
「はい」と朱利が答えた。
結果、黒も次戦で二年生相手に一本取る健闘をみせたものの、疲れからか二本目から速攻で取り返され鎬原高校の始点となる大会は終わった。
「朱利、もっと左。黒は顔が硬い」
試合が終わった後、志姫を中心に茅のカメラで写真を取ることになった。
一枚は凛然と二枚目は門無も入って笑顔で。
まるでそれは二年前の今日のよう。
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