第28話

十一月。各部活が文化祭の準備で盛り上がる中、朱利たちは来る新人戦に向けて盛り上がっていた。

「後一週間、か」

「だね。緊張してる?」

「してない」と茅が答え更衣室に入ろうとしたとき、玄関のドアを乱暴に開ける音がした。

志姫は体育館に呼ばれ、黒はまだ小体育館に来てはいない。

「――先輩」

小体育館に入ってきたのはいつぞやに茅を喝上げしていた写真部の先輩。

「あんたのせいで、あんたのせいで」

歯ぎしりをし血走った眼で茅を睨み付ける。

手には鋏とカッターナイフ。それを強く握りしめて茅に小走りで近づく。

茅は後ずさりした。

「あんたのせいでっ!」

写真部の先輩が鋏を振り上げる。

「やめろっ!」

更衣室から飛び出した朱利が写真部の先輩を突き飛ばす。

ぎろりと朱利を睨み付けると跳びかかり、押し倒した。

「がぁっ!」

朱利が絶叫する。

写真部の先輩が振り下ろした鋏が太ももを深く突き刺していた。

「朱利!」

声を上げる茅に対して写真部の先輩がカーターナイフを向ける。

「外道がっ!」

怒号が玄関の方からする。みれ憤怒の形相の志姫がいた。

後ろから覗く黒を手で制し、志姫が写真部の先輩に歩み寄る。

「来るなぁ!来るなぁ!」

大粒の涙を流し。酷い顔で泣きながら写真部の先輩が言う。

「うわぁ!」

カッターナイフを右手に、やたらめったらに振り回す。

振り回されるカッターナイフを五分で見切り、懐に入ると志姫は写真部の先輩の脛を蹴りつけた。

ひるみ手が止まる。その隙に右手をつまみ、捻り上げカッターナイフを奪取し喉元に突き付けた。

「ひぃ」

「失せろ」

ともすれば突き刺す。そんな鬼気迫った物言いで言う。

写真部の先輩は失禁しよろけながら小体育館を出ていった。

「朱利!」

茅の叫び声を聞き、志姫がカッターナイフを投げ捨て駆け寄った。

「黒、救急に連絡。茅は更衣室から真新しい手拭いをかき集めて」

慌てながら二人が動く。

志姫は小部屋にあった真新しいポリバケツに天然水を注ぎ、そこに金瘡小草、虎杖、血止草そして弟切草の粉末を溶かし入れた。

それを手に朱利の元へ向かい、鋏で突き刺された場所以外を鋏で切り取った。

赤黒く染まったジャージの下で血が止めどなく溢れている。

「竹本先輩!」

ありったけの手拭いを手に茅が更衣室から出てきた。

その一枚を口枷とし朱利に噛ませた。

「黒、足の骨を折るつもりで押さえてろ。茅はその液に浸した手拭いを渡して」

慌て、袋を開け茅が手拭いを浸し志姫に手渡す。

「我慢しろよ」

手拭いをあてがいながら志姫が鋏を抜きにかかる。

朱利が手拭いを噛みしめ首を大きく振る。

手拭いが瞬く間に赤く染まってゆく。

何枚も手拭いを変え鋏が抜けた場所を縛っていると、救急隊が到着した。

事情を説明する志姫の隣で、茅は担架で運ばれる朱利を見て泣きながらただただ謝り続けていた。


あれから少し経って朱利は松葉杖で戻って来た。

「ごめん。本当にごめん」

部活が休みとなり、放課後に至るまで事あるごとに茅は謝り続けていた。

「大丈夫だって。大会にも出れるよ」

朱利はガッツポーズをみせた。

「でも、私のせいで」

「それは、違うと思う」

「でも、でも――」

「もう」と、朱利が目を見開き声を荒げた「私は大丈夫だから!」

驚いた様子で茅が朱利を見る。

「怒鳴った、朱利が怒鳴った――」

「あ、えっと、ごめん。大きな声を出すつもりはなくて」

慌てる朱利を見て茅の表情が少し柔らかくなった。

「ほんと、成長してるんだか。ううん、違うよね朱利は元々強かった、私が弱いところばかりみてたんだよね」

「茅?」

「私ね剣道部に入って気づいたんだ、朱利の前ではお姉さんぶってる、て。その癖して大事な時は朱利を前に出してさ、ほんと最低だよ」

それを聞いた朱利はくすりと笑った。

「茅、みたいなお姉ちゃんなら大歓迎だよ。茅はその、さ。私を出しに使ってたのかもしれないけどさ、私は嫌な気分じゃなかった。むしろその逆、いつも気にかけてくれて私はね――」

「やめて、もういい――」

茅が洟を啜った。

「――勝負しよう」

「え?」

「大会で勝負、約束だよ。私、負ける気ないから!」

朱利はそういって荷を背負い、教室を出た。

三年生の教室に誰も残っていないことを確認すると、朱利は職員室へと向かった。

「失礼しました」と、ちょうど志姫が職員室から出てきた。朱利と志姫の視線が合う。

そのまま二人、無言のままで一階へと降りた。

「ありがとうございます」

朱利は志姫からお茶のペットボトルを受け取りそう答えた。

「怪我の方は?」

「松葉杖借りてますけど歩けないわけじゃないんです」

「そうか」と志姫が目線を上げる。

「すまなかった。危うく殺すところだった」

朱利が驚いた表情で志姫をみた。

「刺さった鋏を抜いたろ?本当はそんなことしないで安静にさせるのが得策だった。最悪ショック死か出血死させるところだった」

「確かにそうだったのかもしれません。でも、私は生きてます」

朱利はそういって志姫がみつめる宙へ視線を向ける。

「――あの、だから、というわけじゃないんですけど。お願いいいですか?」

「ああ。なんだ?」

「私、試合にでたいんです」

志姫が朱利を見た。朱利は確固不抜たる様子で志姫をみていた。

「たぶんですけど竹本先輩は剣道一生だから今でなくても、と思ってるかもしれません。でも一生の中で竹本先輩にみせられるのが今回だけかもしれないんです。なので――」

お願いします。と朱利は頭を下げた。

呵々と志姫が笑う。

「――一命を捨てることもいとわない、か。かつては主君の為、あるいは五徳のいづれかの為に、そう生きた人たちもいたのだろうな」

よし。と志姫がたちがある。

「私も朱利に聞いてから大会の辞退届をだそうと思っていたんだ」

「じゃあ――」

「ただし、個人戦だけな。今回は個人戦だ」

「はい!」と朱利が返事を返した。

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