二日目

 目を開くとそこにはご尊顔が、というわけでもなく。私はごく普通に目覚めた。軽く伸びをしてから起き上がり、彼の姿を探す。彼はそこまで遠くにはおらず、簡単に見つけることが出来た。


「少年、おはよう」

「む?起きたのか。おはよう」

「うっ、尊い……」


 朝の挨拶をする彼の笑顔は、美しいこと美しいこと。疲弊しきった寝起きの現代人である私には染みる。それはそれは染みる。


「一つ、認識のすり合わせをしたいのだけど」

「奇遇だな、俺もしたいと思っていた」

「きゃっ、矢っ張り私たちって両思い」

「やかましいわ。本題に入れ」


 彼の表情が、笑顔から少し怒ったような顔に変わる。そんな姿もまた麗しい。


「私にとっての昨日は、君にとっても昨日だった?」

「少なくとも俺はそうだと認識している」

「そっか。なら良かった。私のような人間と、君のような人外とでは基本的に時空の流れが違うからねえ。そこが気がかりだったんだ」


 人外は人間とは感じ方が違うから、百年という人間にとっては長い時も一瞬に感じる、といった類の話ではない。これは感覚の差異で、私が言いたいのは根本的に時間の流れが異なるというものだ。


 私にとっての七年前が、彼にとっての七年後であるように。このように年単位だと時の流れ方は違うのに、昨日と今日のように日単位だと時の流れ方が同じなのも不思議だが。


「ところで、こんなところで何をしていたんだい?」

「結界の維持を少々」

「嗚呼、なるほど。確か此処に霊力を込めれば良かったよね。はい、込めたよ」

「すまない、助かる」

「いえいえ。そのために来たみたいなものだし」


 この頃の彼はまだ力が弱く、いろいろと不安定な時期だった筈だ。結界の維持どころか、彼自身の存在の維持すらもギリギリだと思われる。現に、姿形も少年と言って差し支えないものになっているのだし。


「ときに少年」

「どうした」

「私とちゅーしないか」

「ちゅー。ん、ちゅー?接吻か。は?え?接吻!?いきなり破廉恥だな!?」

「別に下心があるという訳じゃない。健全なる霊力供給を君にしようと思ってな」

「下心しかないだろう。そもそも、霊力供給なぞ軽く手を繋ぐ程度でこと足りる」

「ちぇっ。騙されなかったか。あわよくば口にキスでも出来ると思ったのに」

「いや本当に下心しかないな」


 拒否されてしまったので大人しく手を繋ぐことにした。それにしても、手。記憶の中の彼よりもゴツゴツとしておらず、柔らかい。あと小さい。これはこれで良いものだな、と思わずニヤニヤしてしまう。


「妙なことを考えるのはやめろ」

「別に変なことは考えていないよ」

「嘘つけ。それに、ここは曲がりなりにも俺の神域だぞ。お前の思考など筒抜けだ」

「自身の存在の維持すらもギリギリなのによく言うねえ。私が霊力供給したおかげで思考を読めるようになった癖に。少なくとも昨日はまだ読めていなかっただろう」

「コイツ……!ああ言えばこう言うとは正にこのことだな」

「『五月蝿いことを言うのはこの口か?』とか言いながら私の口を塞いでくれても良いんだよ。もちろんそのときは君の口で」

「誰がするか」


 おっかしいなあ。七年前はなんだかんだでキスしてくれたのに。まあ、今の彼はまだお子様なのだろう。


「だぁれがお子様だ」

「そうやって不服そうにするところとか特に幼いしね」


 いかにも自分は不機嫌ですー、みたいなオーラを出している。感情の起伏を隠せていない幼いところがまた可愛い。


「そんな君にはこちら!じゃじゃーん、ゲーム機を献上しよう」

「げえむ?」

「ふふふふ、まあ黙って見給え」


 ピコピコと電子音を鳴らしながら、コントローラーを操作する。その様子を横から不思議そうな顔で眺める彼。


「とまあ、こんな感じで遊ぶ玩具だよ。説明を聞くだけじゃ分かりにくいし、習うより慣れろって言うだろう?一緒にやってみようか」

「……!、嗚呼」


 ということで某友情破壊ゲームを始めたのだが。


「この私が、負けただと?」

「お前、自信満々で勝負を仕掛けてきた割には弱いな」

「私が弱いんじゃない。君が強すぎたんだ」

「そこまで言うなら俺ともう一戦するか?」

「望むところだ」


 結果、私の全敗であった。なんでだよ。


「よし、少年。ゲームはやめよう。そうだな、ご飯でも食べようか」

「別に俺は生命活動の維持に食事はいらないが。霊力さえあれば生きていける。そんなことよりげえむの続きを」

「食事を摂らないなんて人生、いや神生の大半を損しているよ!それに君、昨日は菓子だって食べただろう?それならご飯も食べようよ」


 私は懐からカップ麺を取り出す。そしてお湯を注ぎ、三分間待つ。


「ね?美味しそうな匂いがしてきただろう?」

「まあ美味そうな匂いがしないこともない」

「ったく、強情だなあ。ほら、口開けて。あーん」


 彼の口に麺を入れる。雛鳥に餌をやる親鳥になった気分だ。トゥンク。これが母性?


「一気に口に突っ込むのはやめろ!火傷するだろうが。それに自分で食える」

「君の口に麺を運ぶのは楽しいからやめないよ。で、美味しい?」

「美味い」

「そりゃあ何よりだ」


 頬をうっすらと赤く染めて遠慮がちに感想を述べる彼の姿は、やはり可愛らしかった。

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あの七日間をもう一度 睦月 @mutuki_tukituki

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