第七章 ススラハ

第37話 ススラハ

 突き刺した大剣によって大蛇は、悲鳴をあげることもなく、静かに息絶えた。それを見届けたティバルラ様は、大蛇の身体の上でよろけて、そのまま地面に落下した。


 俺はすぐさま駆け寄って、ティバルラ様の身体を見た。腹部の大きな損傷から流れ出る血が止まらない。


 その時、後ろから声がわずかに聞こえて、騎士団が追いついたことに気づく。大声で誘導するようにひたすら叫ぶ。ティバルラ様の馬がもう一つの役目を果たしてくれたんだ。


 でも、こんな傷では、間に合わない。


「間に合う」


 今、自分に失望しても意味はない。できることがあるのなら、できる限りをするべきだ。その想いを胸に涙を拭って、持っていた緊急用の塗爪セットを取り出した。


 塗爪にすがる。すがってティバルラ様が救われるのなら、いくらでもすがろう。


 祈るのではなく、貴方を呼ぶように。貴方を呼ぶ名を、名づけるように。そうしてあなたの傷を奪う。


 俺は自然治癒を否定し、この御方の生を肯定する。

 

 自分の指先にも塗爪の塗料をふんだんにつける。ティバルラ様の傷口に触れると傷口がどくどくと脈を打っているのがわかる。


 その瞬間からティバルラ様に体力を与える。歯を食いしばり、俺の全部を与えるように――


「だいじょうぶだよススラハ」


 想いの庭で出会った精霊の声が聞こえた。


「わたしたちもいるよ」

「わたしたちのこと想ってくれてありがとね」


 想いの庭の精霊を筆頭に俺について来た精霊たちが、次々と喋り出したのと同時に、手の甲にわずかにあたたかさを感じた。よく見ると、光が灯っているようにも見えた。


「さいごに君の泣き顔見れてよかったよ。満足!」

 

いじわるな光は手の甲から指に向かって、指先を最後にティバルラ様の方に移動した。


「あなたがいれば、ティバルラ起きるよ」


 光がティバルラ様の傷口がふさいでいくのがわかる。腹部だけでなく、全身の傷に封をするように新しい皮膚が傷口を覆う。流れていた血が止まっていく。


 けれど、腹部の大きな傷口は覆いきれていない。


 俺はティバルラ様の方に傷口に再び触れた。鼻血がたらりと垂れていくのがわかる。それでも手を当てることをやめない。いや、止められないのだ。意識も朦朧としているのに、体力を明け渡してしまう。これ以上は危険だとわかっていても腕が重く、上げられない。止め方がわからない。傷を奪うつもりが、体力を奪われていく。


「ススラハ」


 声が聞こえて、ティバルラ様の御顔に視線を向ける。ティバルラ様はゆっくりと肩ひじをついて身体を起こし、俺の両手を取った。


「よくやった」


 ティバルラ様の腹部の傷は傷痕になっていたのを確認して、俺は意識を手放した。

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