第35話 ラフィリヤ騎士団長・ティバルラ
「飲むか飲まないかは賭けだ」
止血を終えたティバルラ様はそう言いながら、辺りを見渡した。怪我人は前日よりも多く、隊の半分以上が戦闘不能にまで追いやられている状態だった。元々少数に切り替えた部隊だったのを逆手に取られた。明日の朝にもう一度攻め込まれたら打つ手はない。
「飲んだところで寝首がかければいいですけどね」
そう言うザクリヤ様の状態を見て、血の気が引くのがわかる。ザクリヤ様も左腕を首から吊り下げていた。つい先日まで顔半分を包帯でぐるぐるにされていたのに、また大きな怪我を負っていた。
「皆が私を守ってくれた」
ティバルラ様が弱々しくそう呟いた。確かにティバルラ様が言った通りだった。ティバルラ様だけが軽傷で済んでいる。
思えば竜に乗っている間、大蛇の奇襲時よりも体はつらくなかったし、一気に加速して負荷がかかることもなかった。竜からの恩恵のことばかり考えていたが、ティバルラ様側の作戦も上手く作用していたとは思っていなかった。
「今度は、私の番だな」
重傷者を運ぶための馬車が来て、彼らを先に街に送らせると、ティバルラ様が武器である大剣とともに竜に乗った。俺は慌ててティバルラ様たちに駆け寄る。
「ティバルラ様っ、どこへ」
ティバルラ様は冷静に告げる。
「決着は速い方がいい。これはラフィリヤ騎士団の総意だ」
きっとこれがティバルラ様を騎士団員総出で守った理由なんだ。 心の奥底でわかっていたことを突き付けられて、俺の心臓は速くなる。だめだ行かないで、なんて言えるはずがない。
涙のせいなのか、闇夜のせいなのか、ティバルラ様の御顔がよく見えない。
「今までとは比にならない負荷がお前を襲うかもしれない」
そう言ってティバルラ様は俺に向かって手を伸ばした。俺の頬に流れる涙を拭われた時、月の光がそっとティバルラ様を照らした。
「俺を護ってくれるかススラハ」
そんなことを言われて、奮い立たないわけがない。
俺は目頭に力を入れて、笑った。
「当然です。ティバルラ様、どうぞご武運を」
⁂
ティバルラ様を連れた竜が飛び去ると、騎士様たちが俺を慰めた。乗っているティバルラ様の馬もまた少し悲しそうにとぼとぼと歩く。
「ススラハ殿は、よく見送ったよ」
「俺だったらもう泣きまくっちゃう」
「お前が泣いてんじゃねーよ」
どこまでもあたたかい騎士様たちで、心が救われる。残された騎士団員と馬車とともにやって来てくださった護衛騎士様たちと、ゆっくりと街に向かっていく。
「まあ竜殿もいるから大丈夫だろう」
「竜殿は不死だからな」
「竜は身体があってないようなもんだし」
竜は不死、その通りのはずなのに、その言葉がやけに引っかかった。陽が出ていた時に空の上で竜と話したことを思い返す。
「……本来の竜は、有限な肉体を持たんが、こうして天と地を繋ぐ竜のなかで稀に有限な肉体を持つようになるという。だが、それらはもう竜とは呼べん」
――ティバルラ様の竜が、不死でない確証はない。不死であるとも言い切れないのは当たり前だろう。他に竜を見たことがないのだから。けれど、胸騒ぎがする。思い出せ、竜の語った言葉を。
「竜は天と地の架け橋になる。その責務を全うする竜は我のように感情が生まれた竜だ。架け橋となる我々はそうして人と出会う」
違和感があったはずだ。竜は個人に恵みを与えることは少ないが、竜騎兵なる者は存在する。竜騎兵が呼べば、竜はやってくる――なぜ?
「そうして我々は、か弱きかれらをもっと助けたくなる」
竜が人に応える。
それは完全に情動的な行動だ。そして肉体を得るにふさわしい理由にもなるだろう。
俺はティバルラの馬に「泉に向かって」と呟いた。すると馬はティバルラ様を呼び止めに行くと思ったのか、顔を明るくして騎士団の進む方向とは真逆に進んでいく。
「ススラハ殿!?」
後ろで騎士様たちが何か叫んでいるが、それどころではない。
竜が、肉体を持つ理由。
「騎士様たちを撒いて!」
それは有限な肉体を持つ人に、恋をしてしまったから。
そして堕ちた竜はおそらく、黒い鱗をした大蛇に姿を変える。
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