第34話 竜とススラハ


 ラフィリヤ騎士団が二体の大蛇を引きつけている間に、俺は竜に乗ってアリシャラ公のいる城へと向かった。


 陽が昇り始めるころ、ティバルラ様に起こされて、天幕の外に出た。昨夜練った作戦についてだろう。天幕の外はまだ寒くて、ぶるりと震えた。ティバルラ様にすっと上着をかけてくださった。


「アリシャラ公のところへはお前が使いに行ってくれるか」


 すぐに返事はできなかった。確かに戦場では役に立たない俺には適任だ。だけど、馬にも上手く乗れない俺がどうやってアリシャラ公のところまで――


「お前一人ではない。竜に乗って行け」

「でも、竜は個人に――」

「大丈夫だ。この行動は早いほうが良い」


 そう言われて問答無用で連れてこられた竜の背に乗せられた。ティバルラ様は竜の眼を見つめて、そっと近くの鱗を撫でた。


「頼んだぞ」


 竜は返事もせずに俺を乗せて旅立ち、現在に至る。風圧で息がしずらいし、鱗にしがみついている手足の力を緩めればきっとすぐに飛ばされるだろう。


「都合が良いのは城と森どちらだ」

「城です」


 必要最低限の会話になりそうだと思っていると、竜の鱗が若干透けていることに気づく。遠くで見たとき、竜は真っ白のように見えたが、近くで見るとどうも違うらしい。けれど、背中の方は鱗は透けておらず少し汚れたようにわずかに色づいていた。


「気になるか」


 竜にそう言われてなんと返していいのかわからずにいると、竜は鱗の一部を器用に逆立てて俺を転がした。落ちる寸前で竜の手の中に収まって、そのまま閉じ込められた。


「こちらの方が風に負けん」


 こう、騎士団に関わる方はなんでこうも不器用なんだろうと思いながらも感謝する。その時、身体が痛み始めた。大蛇と接触したのがよくわかる。なるほど、これも配慮しての行動だったのかと先読みに感心した。


「ありがとうございます」


 激痛こそはないが、じわじわと手足に力が入らなくなっていく。これが竜の背中で起きていたらすぐに落下していたことだろう。竜の手に包まれながら、背を預けて目を瞑る。呼吸を整えながら、ずっと頭にあった疑問のことで竜に問いかけた。


「あなたはなぜ俺を背中に乗せてくれたんですか」


 返事はない。乗せていただいた身で不敬だったかもしれないなと思った。けれど気になることは気になる。


 ティバルラ様がもう会うことはないと言ったから餞別で? そうだとしたら、この竜は必要以上の力を与えて、いや、与えすぎている。


「……本来の竜は、有限な肉体を持たんが、こうして天と地を繋ぐ竜のなかで稀に有限な肉体を持つようになるという。だが、それらはもう竜とは呼べん」


 竜はより速く飛ぶ。そして俺を抱える手にわずかに力が入ったのがわかる。


「竜は天と地の架け橋になる。その責務を全うする竜は我のように感情が生まれた竜だ。架け橋となる我々はそうして人と出会う」


 考えてみればおかしな話だ。竜が個人に恵みを与えることは少ないが、竜騎兵となる者はそれに値する。国のためだろうが私利私欲だろうが、個人が持つべき力ではないのは明らかだ。


「そうして我々は、か弱きかれらをもっと助けたくなる」


 すると竜の動きが止まった。ゆっくりと下方へ降りていくのがわかった時、抱えられていた身体が急に地面に投げ出された。


「ここで待っているぞ。酒とやらを取ってこい」





「泉が近くにある。大蛇の住処はその周辺だ」


 けれど決定打になる案が未だ出ずの状態が続いていた。いくら酒を用意しても、大蛇が警戒すれば意味をなさない。しかし竜の報告により大蛇の住処は暴かれた。しかも、都合が良いことに水辺が近くにある。


「と、なると、あとは大量の酒の確保だな」


 ザクリヤ様がそう言ってティバルラ様の方を見た。


「アリシャラ公には既に伝達してある」

「団長が抜けるのは痛手だが、竜を扱えるのなら話は別だ。明日は大蛇の進行を阻むことだけに専念しよう」

「ああ。それくらいなら耐えてやるさ」


 こうしている間にも、ラフィリヤ騎士団は戦っている。竜という大きな戦力を外してまで、俺の行動に命運をかけている。


 城の前にはホルーリアがいて、隣には大きな木製のまるい容器が用意されていた。ホルーリアは竜を目の前にして、驚きを隠せないという表情だった。


「竜に乗って登場とはやるじゃん……言われた通り酒は樽で用意したよ。この中身は水と変わらない見た目の酒。間違えても舐めないでね」


 樽は竜の両手に収まるくらいだったから箱を竜に持ってもらい、俺は竜の角に掴まる形で泉に向かう形となった。


「本当に大丈夫だろうな」

「大丈夫です」


 すると森の方から声がした。


「ほら!」

「また会えた!」

「やっぱり!」


 森を出る時にいたであろう精霊たちだった。どうやら木蔭で見守られていたのか、話を聞かれていたようで俺の後ろにぴったりとくっついてきた。


「わたしたちが支えたげるよ!」

「支えちゃお」

「しょうがないな~」


 そう言われると、背中に壁のような感覚を覚えて思わず驚いた。すると精霊も気を良くしたのか、得意げになって「もたれていいよ」と言ってきた。たぶんこの声は、想いの庭の精霊だ。


「いやさすがに……」

「もたれなさい!」

「ハイッ」


 竜は竜でぶっきらぼうな心配の仕方をしながらも、鱗で足場を用意していた。ただ光の当てられ具合だろうか、行きよりも鱗の色が濃くなっているところがあった。


 握る角は、思ったよりもざりざりとした手触りで全力で握り続けると、少し痛みが続くくらいにはデコボコしていた。あとは風圧に顔を歪めることになると予想していたが、竜が自身のたてがみを絶え間なく逆立ててくれたおかげで守られた。


 決戦の土地である高原を迂回し、住処であろう泉に果実酒を注ぐ。


 その間ラフィリヤ騎士団は後退しながらもなんとか大蛇をはね除けた。一時は高原の入り口まで押しきられそうになったが、その頃に俺と竜が戻れたから、俺を安全帯に置いて竜が合流してなんとか事無きことを得た。

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