第33話 決戦前日のススラハ
自然と開いた瞼から見えたのは暗闇だった。すぐに身体を動かすと、目の前が揺れるような感覚に支配されて気持ち悪くなった。とにかく目が覚めたことに安心して、次にあたりをゆっくりと見渡した。
どうやら天幕の中のようだった。
「起きたか」
ティバルラ様がぱさりと天幕に明かりを持って入ってきて、俺は状況を訊ねた。
俺が気絶した後、ラフィリヤ騎士団は撤退を余儀なくされ、高原まで引き返したという。幸い死傷者は出なかったらしい。ただ、重傷者が数名出たらしく、討伐編成も二体の大蛇専用に切り替えるために現在進行形で頭を悩ませているところだという。
「大蛇もどこかへ帰っていった。追尾を竜に任せているところだ」
すると外の方が騒がしくなっているのがわかった。ちらりと外を覗くと、二体の大蛇の出現に呆れている騎士様がやけくそに酒を飲もうとしているところだった。
「もうやってらんねえよぉ~!」
「バッカお前っ、貴重な酒だぞ!」
「うるせ~明日死ぬなら飲ませろ! ついでにお前のぶんもよこせ!」
「何言ってんだこいつ」
やけくそのように思えるが、死んでいない士気ではあった。ただ恐怖心を少しでも和らげようとしている。だからティバルラ様も他の騎士様も全力で止めることはない。
「次に陽が昇った時が、私達の決戦になるだろう」
けれど決定的な策がない。そう言うような顔つきだった。それで俺は自分が気絶したことを思い出して、ティバルラ様の爪を再度塗らせていただけるように提案した。
きっと明日の方が苦しい戦いになるだろう。それに、塗爪師を戦場に連れていくのはだめだ。物理的距離が近いせいなのかはわからないけれど、痛みが直接的過ぎる。耐えられるほどではなければ、最悪塗爪師が痛みに耐え切れずに先に死んでしまうこともあるかもしれない。国外の遠征には連れて行かないことが吉だろう。それに別に効果があるとも言い切れない。
でも今回だけは、踏ん張らなければならない。俺が死んだらティバルラ様が危険にさらされるし、ティバルラ様が死んでしまったら、この騎士団は危機に陥る。
ではどうすれば、どうすればいいのか。
ぐるぐると堂々巡りしかできない思考に追い詰められる。塗爪を終えた時、外から笑い声が聞こえた。思わず天幕の外をまた見るものだからティバルラ様が「気になるか」と訊ねられた。曖昧な返事をすると、ティバルラ様は「話してみるといい」と言われた。
お言葉に甘えて、天幕の布を押し分けて外に出ると、騎士様たちは火を囲ってなにやらそれぞれ談笑している様子だった。
「オレの塗爪師は幼馴染の女でね。オレが騎士になるってわかった途端に、塗爪師の学舎に行ったんだ」
「ほう。お前のことがよほど大切なんだな」
そう言われた騎士様はぐいっと酒が入った小型の瓶を傾けて身体に流し込む。それで俺に気づいて、座れというように手招きされた。引っ張りこまれるように座らされて輪に入ると、酒を飲んだ騎士様が火をじっと見ながら落ち着いて語る。
「そうだ。あいつがオレのことを大切に想うように、オレもあいつのことを大事に思う。だからちゃんと守りたいんだ。この居場所を」
「いいヤツだよお前は」
「でもオレが戦えば戦うほど、あいつも傷つく。塗爪師の負荷ってやつでな。身体に傷がなくともあいつだって傷ついてんだ。あいつのことを考えればはやいとこ騎士なんてやめるべきだよな」
ハハハ……と自虐的に笑う騎士様を見て、複雑な感情が渦巻く。口を開き声を出そうとした時、騎士様は「あーあ」と言って寝転がった。
「でもよ、オレが騎士になるとわかってあいつは塗爪師になったんだ。こうなることくらい理解していてさ、きっと覚悟を決めて塗爪師の道を選んだんだ」
「そうだぜ。そういった考えはお前を送りだす彼女に失礼だ」
そう言ってもう一人の騎士様もくいっと酒を飲む。ほのかに顔が赤くなっている。しばらくして、寝転がった騎士様から規則正しい寝息が聞こえた。
起きている騎様が眠った騎士様を引きずって、寝床に連れていく。
「付き合わせてすんません。こいつ怖気づいちゃってね。こういう時は金がかかっても酒なんすわ」
「その瓶に入っているものが酒なんですか? 酒を見るのはじめてで……」
眠った騎士様に薄い毛布を掛けてから酒の入った小瓶をまじまじと見る。赤っぽい液体だ。
酒は砂と風の街では希少品だし、出回っているところなんてみたことがない。水に似たなにかであるということしかわからない謎の水だ。
「そうか。ススラハ殿は砂と風の大地の方の出身か。そりゃあ見たことないだろうなあ。森の方の出身だと珍しくはないもんすよ。これは果実から作られた効き目の強い酒っすね」
「お酒って眠気を催すんですか?」
「うーん効果は人それぞれっすけど、そういうヤツもいるって感じっすかね……」
話の途中であくびが出た騎士様にもどうやら眠気から誘いが来たようだった。
「すんませ、僕もちょっと……」
「おやすみなさい」
そう言って毛布を掛けると、すぐに眠りにつかれた。
俺はすぐにティバルラ様の元に帰った。
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