第六章 ラフィリヤ騎士団長・ティバルラ

第30話 竜とティバルラ

 竜の背に乗って、ザクリヤ様率いる騎士団が今夜野宿する高原へと向かう。空を飛ぶ間、行進するラフィリヤ騎士団が見えた。そしてすぐにその上を通過してしまう。その間にティバルラ様は竜に討伐対象のいる高原の先に移動するように告げる。


「思えば、お主は本当に口数の少ない男だった」


 竜がぽつりと寂しく呟いた。


「不快に思っていたなら申し訳ない」

「何をいまさら。我はそういうお主を好んでおったさ」


 大きく喉を鳴らす竜はくつくつと笑っているようだった。


 高原についたが、まだラフィリヤ騎士団の姿は見えない。俺とティバルラ様を下ろした後、ティバルラ様をしっかり視界に入れながら、竜は頭を垂れた。そしてその頭をティバルラ様に押しつける。


「確かに欲を口にしないことはなにも願っていないわけではない。でも確かにお前は一度欲を失った。無くしたのではなく、失った」


 撫でろと言わんばかりに押しつける竜の頭に、ティバルラ様はそっと手を当てた。


「喪失感に苛まれた。一生こうして生きていくのなら、失ったままでいいと思った。その方が、圧倒的に楽だと思ったからだ」


 話しながら気を当てるように動かす手は傷だらけで、とても重い手のはずなのに軽やかに動かされていた。そんな手に思いを馳せているのか、竜はゆっくりと瞼を下ろした。


「でも、違った。失ったままでは自己喪失でゆるやかな破滅を導いてしまう」

「それでもいいと思っていた。騎士団で死ねば名誉ある死だ。であるのならば、破滅に身を任せようと」


 竜の鱗は硬く、一枚がティバルラ様の手のひらより大きかった。その一枚一枚の存在を確かめるように手を当てていく。


「それもまた違った。居ても立ってもいられなくなった仲間がお前を導いた」

「そうだな。あなたの嫌いなザクリヤだ」

「忌々しい奴め」


 鼻息をフンと荒く鳴らして竜は怒りを鎮めることに専念した。その様子を見ていたティバルラ様の後ろに撫でつけていた髪が舞う。伏せ目がちになりながらも竜を見続けるティバルラ様はふと微笑んで、竜の鱗をわずかに撫でた。


「でもそんな要らないおせっかいだと思っていた行為に救われた」

「……眉間に皺を寄せることが随分と少なくなったな」


 そう竜に言われるとティバルラ様はきょとんとした表情になった。ゆっくりと自身の眉間に手を伸ばして確かめるように触れた。すると竜はするりと大きな尾をティバルラの身体に巻き付けた。


「手を休めるな」

「申し訳ない」


 再び竜に手を当たるティバルラ様に竜は不機嫌を直さなかった。


「撫でろ」

「撫でているつもりだったが」

「それは撫でとらん。そこの人の子に教えてもらえ」


 それでティバルラ様が振り向いて俺は視線を上げた。竜の鱗におそるおそる手をかざして「失礼します」と言って触れてゆっくりと撫でる。それをしっかりと見て学ぶティバルラ様の視線が少し気恥ずかしい。


「そうだ。我は撫でて欲しかった」


 真似るようにティバルラ様が撫でると、ティバルラ様に巻いていた尾がゆっくりと離れていって、落ち着いた様子で竜は息をする。俺はゆっくりと穏やかな気持ちで撫でているだけなのに、うとうとしてしまうくらいに心地良かった。


「これが、ティバルラが求める子か。なるほど、とても勇気ある子だ」


 そう呟いたあと竜は瞼を開き、押しつけていた頭を引いた。そしてなにかを付け加えて言うこともなく、竜は飛び去ってしまった。

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