第五章 戦場のススラハ
第24話 男のススラハ
「あとはティバルラからお聞きなさい」
そう言ってアシュリタ様はアリシャラ公を連れて部屋を後にされた。次いでザクリヤ様も部屋に戻られて、部屋に残るはティバルラ様と俺のみになった。
「……以前から出ていた声のひとつだった」
ティバルラ様はすとんとベッドの隅に腰を掛けて話し始めた。
「塗爪師の作用は遠方からでも効く。ならば、より身近に塗爪師を配置できたら、効果は上がる、もしくは別の効果が現れるのではないか、という内容だ」
確かに塗り爪師と対象者の物理的な距離があるから、そうなっている可能性は一理ある。それにこれは塗爪師側の体感だが、遠距離と近距離で、負荷が桁違いになっている可能性も、ある。実際に学舎の時は皆ラオドーラ国内での実践しか行われておらず、ラフィリヤ騎士団のような国外遠征のように、まだ見ぬ塗爪師の活用法もあるわけで。
そういった検証はまだ行った形跡がない。なぜならラフィリヤ騎士団のように国外遠征をするようになったのはここ最近の特殊な事例だからだ。
「でもなんでそれが俺に……?」
「なにせ、戦場に塗爪師を招いたことがない。なぜならば、塗爪師は基本的に皆、女人だからだ」
納得してしまった自分がいた。塗爪師の多くが非戦闘要員の女性である観点から、身の安全を確保するのが難点だからか。
「でも、さすがに男の俺でも実戦はしたことありませんけど」
「そうだ。だから私はその観点から、反対している」
しかし、次にいつ男の塗爪師が現れるかわからない。だからこうして機会を逃したくない、とのことだった。
「とても無茶苦茶なことを言っていることはわかっている。だからアリシャラ公はなかなか切り出せなかったんだ」
で、その様子に耐えきれなかったアシュリタ様が、代わりに伝えたということか。ティバルラ様は眉間の皺を伸ばすように触って、ため息をついた。
「改めて言おう。私は反対だ」
まっすぐな眼差しでそう言われると正直傷つく、身体の奥がずきりと疼く。
「戦場に立つのは、私だけでいい」
おっしゃられている意味はわかるし、ティバルラ様が伝えたいこともきっと理解できている。
でもそう言われるよりも前から思っていたことがある。アシュリタ様に遠征の同行を提案されたその時、俺はずっとその言葉を待っていたんだ。
戦えないなら戦えないなりにやるべきことが、やれることがあるはずだ。
するとティバルラ様は表情を少し柔らかくして、ゆっくりと立ち上がった。
「だが、それは私が決めることではない」
そう言いながら俺に毛布を掛け直し、窓辺から森を眺めて再びこちらを向かれた。
「私は遠征のことで先に戻る。疲れもあるだろう、しばらくアリシャラ公の元で安静にしているといい」
俺が戦場までお供したいというのがきっとばれていたんだと思う。ティバルラ様は優しいから、俺の思いを尊重してくれる。
「お前を迎えにくる。その時までゆっくり考えるといい」
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