第四章 ラフィリヤ騎士団員のザクリヤ

第19話 想いの庭のススラハ

「庭ですか……?」

「ああ。さっそくだけど向かおうか」


 そう言われて俺はアリシャラ公の後ろをついていく。ティバルラ様はどうやらついて来られないようで、黙々と字を書くことに集中していた。


 握らされた紙きれをしっかり握りしめて、アリシャラ公の後に続く。


 日干しレンガではなく木材で造られた城の中を歩くのも見るのもはじめてだったから、ついあたりを見回しながら歩いてしまう。はっと前を見ると、アリシャラ公がもっと先に行かれてて慌てて小走りで追いつく。


「あとでしっかり城の中を案内しようか」


 アリシャラ公に微笑まれて、思わず黙り込んでしまう。恥ずかしさを打ち消すには、話題を変えるしかない。


「庭では何をするんですか?」

「薬草を取ってきてほしいんだ」

「薬草?」

「そう。今向かっているところは『想いの庭』と言ってね。そこでしか取れない薬草があるんだ。でもそこには少しいたずら好きな精霊がいて、初対面の人でなければ薬草を取らせてくれないんだ」





 想いの庭はティバルラ様の屋敷の中庭に似ていて、違うところといえば真ん中に泉があるのと、当たり前だが中庭より広く開放感がある。中庭の水盤で果物や野菜を冷やしていたのが懐かしく思える。アリシャラ公は「終わったらさっきの部屋に戻って来てくれ」と言って、そそくさと去っていた。


 薬草を持ち帰る以外に道はない。そうとわかれば、やるしか道はない。一度目を瞑り、大きく息を吸って吐く。


「……よし」


 庭に一歩踏み入る。精霊の姿は見えない。たぶん、俺は見えない体質なんだろう。一歩ずつ足元の草たちを踏みしめて薬草を探す。そして見つける前に、きっと精霊が現れる。


「おやおや。きみが噂の子」


 耳元で、高い声が跳ねる。男の声だった。ばっと後ろを振り返るが、誰もいない。


「そっか。見えないのか。ザンネン。でも、都合はいいか」


 今度はもう片方の耳元でふふ、と笑われた。たまらなくなってその場から一歩離れる。それでも、声はまとわりついてきた。


「うふふ。きみの頭の位置でお話ししようか」


 脳裏で勝手に話されて、恐怖と不快感に襲われる。直感が、対話をすることを拒否するようにと警告してくる。それに従って俺は唇を噛んだ。


「いいよ喋んなくて。勝手に見せるし、見せてもらうし?」


 思っていることが筒抜けのようで、せめてもの抵抗にどうでもいいことを考える。魔物って食えるのかとか、この時間だと屋敷はそろそろ果物を水盤から取り出すだろうなとか。


 すると、精霊は黙りこみ、なにやら唸り始めた。


「ふぅむ。恵まれている子なんだね。運がいい……これはお父さんの血からだね」


 ぶつぶつと呟きながらどこか髪に触れられている感覚がある。小さな手が頭に触れているというか、とにかく撫でられている感触だ。


「母の影響で現在か。よき道を歩んでいるねススラハ。誇らしいね」


 記憶を覗かれていた。でも、俺自身しんどいと思うことはあったけど、別に家族と死別しているとかはない。みんな元気に過ごしている。たまに手紙来るし。だから別に記憶を覗かれても嫌ではない。


「でもそれだけじゃあつまらない。は踏まれてなんぼだからね」


 そう言われた途端、目の前の庭の緑は土と岩の色に塗り替えられ、そこにティバルラ様が突然現れた。これは、まぼろしを見せられている。


 闇夜に包まれた高原で、いくつか明かりが散らばっていた。灯りの下には眠っている人もいれば、夜番なのか起きている人もいる。ティバルラ様もまた灯りを囲ってその火を見つめていた。すると、横たわって眠っていたであろう人が、むくりと上半身を起こして、ティバルラ様の方を向いた。


『そういえばティバルラ様、ススラハはどうです?』


 どこかで聞いたことのある声がティバルラ様を呼ぶ。後ろを振り返ると、そこには学舎で見た騎士団員の人だった。まじまじと俺を見てから、うんと頷いた方。それで、俺が欲しかった言葉をくれた方。


 ティバルラ様の返答を待つことなく、えへんと胸を張りながら彼はぺらぺらと喋りつづける。


『俺が見つけたんですよ! 男の塗爪師! これから絶対需要ありますから――』

『ザクリヤ』


 ティバルラ様が場を制するように彼の名前を呼ぶ。いつもと同じ不愛想な顔で。それを見て、ザクリヤ様は微笑みながら息を鼻から吐く。


『彼は、好奇の目に晒されながらも耐え忍んだ子です。だから残ったのです。そして、ラフィリヤ騎士団に見つけられた』


 そう言いながらザクリヤ様は暗くて何も見えない夜空を見つめる。対してティバルラ様はぱきぱきと薪を食らう炎から目を離さなかった。


『――私には』

『今は不要でも、いつかきっとあなたの力になりますよ』


 そう言われたティバルラ様は籠手をつけた右手を固く握りしめた。

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