第17話 緑の領地のアリシャラ公
森を抜けて門が見えた時、とても安心した。魔物に襲われなかったという安心感からではなく、精霊の気配に囲まれて、気力を吸い取られているのではないというくらい疲れていたから、ようやく精霊たちから解放されるという気持ちからだった。
時間の旅路は慣れていないからその疲れもあるんだろう。少し長めのため息をつくと、ティバルラ様から「疲れが出たか」と言われて、ため息とともに「はい……」と生気のない声が漏れ出てしまった。
城下町につながる門の門番が見えてきた。すると、門番がなにやら目を細めてこちらを見つめてきた。
「ティバルラ様だ」
「おかえりなさいませ。長旅お疲れ様でした」
ティバルラ様も右手を上げていたから、どうやら顔見知りのようだ。
「あ、その御方が塗爪師様ですかね」
「この度はお世話になります。ススラハと――」
「疲れたでしょう。ささ、はやくお城へ」
この方々の様子を見て、思ったことがある。もしかすると、ティバルラ様の他人の話を遮って話してしまう癖はここから始まっているのかもしれないということだ。
「な、なるほどね」
「なにがだ?」
「いや、なんでもないです」
俺の独り言に対して上から疑問そうに問いかけてくるティバルラ様を軽くあしらう。ティバルラ様は「そうか」と特に気にする様子もなく、馬を歩かせて城門へ向かわせた。
⁂
城門には、絶対アリシャラ公だという人物がこちらに向かって手を振っていた。その人物に周りの門番が「お願いですから部屋でお待ちになってください!」と泣きついていた。
「お~いティバルラぁ、こっちこっち~!」
「ああ。アリシャラ公」
いつもの仏頂面を崩すことなく、アリシャラ公に挨拶をするティバルラ様を見て、これがティバルラ様に対して通常運転のアリシャラ公なんだなと少し微笑ましくなった。
ここがティバルラ様が帰ってこられる場所。その土地を俺も踏んでいると思うと、どこかわくわくした。
「ススラハだったな。さあ、城を案内しようか」
四大諸侯の城の中を見ることができるのかと思うと、作法とか勉強してないけど大丈夫かという不安が次いで襲ってきた。すると、ティバルラ様がアリシャラ公に話を持ち掛けた。
「今回の遠征について話したいことがある」
すると、アリシャラ公は少し表情を硬くした。それからすぐに柔らかい表情に戻して、俺の方に振り向かれた。
「ススラハは学舎時代のホルーリアを憶えているかい?」
「え? はい、もちろん」
「よかった。ホルーリアを呼んでくれ。ホルーリアがしばし話し相手になってくれるだろう」
そう言われると、アリシャラ公とティバルラ様は先に城のなかに入っていった。ホルーリアの勤め先ってアリシャラ公の騎士団だったのかと感心ながら、城の外観を下から見渡す。
城下町を歩いている人々は、皆軽く武装しているような姿で、とてもティバルラ様の屋敷の周りで見た景色とは違っていた。おそらくだけど領民も皆、それなりに戦える人々なのだろう。俺は森のことを知らないから、よくわからないけど、きっとそれだけ
「緑は珍しいよな」
そう門番殿が話しかけてくれて少し驚いたが、その通りだと思い「そうですね」と返事をする。
「俺も砂の方の出身だったからわかるぜ。ここは確かに豊かだ。でも、それは危険と隣り合わせだからでもある」
「それは一体――」
「ススラハ!」
そう言われて振り返ると、そこにはホルーリアがいた。相変わらずどこでも走ってやって来る。あの頃と同じように汗だくで、ぜえぜえと息を荒げながらこちらへやって来た。
「ちょっとススラハ! あ、ごきげんよう門番殿! ススラハ、訊きたいことがあるの、こちらへ!」
突然ホルーリアに腕を捕まえられて、城の中に強制的に入ることになった。もう少し雰囲気を味わいながら城に入りたかったのに、なんて願望はこの場で打ち破られる。門番殿に訊きたいこともあったのにな、と思いながら、気の毒そうにこちらを見る門番殿に手を振ってさよならを告げた。
ホルーリアに連れられて空き部屋に入り、周りに誰か人がいないことを確認しながら、俺にこそこそと悪いことを訊くように小声で話した。
「ティバルラ様に想い人がいらっしゃるってホント!?」
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