第16話 森とススラハ


 次に目を覚ますと、視界は緑に覆われていた。住んでいていた土地にもある細く育った木々とは段違いに幹の太い木々、空を隠すまでに枝は伸びて青々と茂る葉。言葉だけで知る森という存在だ。陽が沈みかかっている最中か、森の中は橙色に包まれながらも暗くなっていく。明らかに寝すぎた。


「起きたか。よく眠っていたな」


 ティバルラ様はいつも通りちらりと俺を見て、すぐに視線を戻す。


「こ、ここは……?」

「アリシャラ公の領地に入ったところだ」


 森は木々や動物が栄える土地である。そうイメージしてきたのに、この違和感はなんだと頭が訴える。


 風のささやきが別の命の声に聞こえて、体感温度が涼しいを超えて寒く感じる。自分とは明らかに別の生命を感じる。当たり前なことなのに、とても不気味に感じ取れる。


 馬が地面に落ちた枝を踏む。その音にすら俺の心臓は驚いた。そんな俺の様子を見て、察したのかティバルラ様がすっと俺が落ちないように腹部に手を回して支える。


「大丈夫だ。私がいる」


 頼もしいお言葉を聞いて、力が入っていた背中をおそるおそる預ける。もちろん何も言われない。わかってはいるけど、主従関係にあるんだからこんなの本来なら許されないはずだ。でも、ただただ頼もしいし、安心する。


「もう少し身を預けるがいい」


ぐいっと腹部を押されて余計にティバルラ様と密着する。ここまでされると安心を通り過ぎて緊張してしまう。そこまで心配させているのかと思うと、もっと逞しくなりたいと願わずにはいられなかった。


 ふと、くすくすと微笑まれている気配に気づいて森を見渡す。


「見た」

「見たな」

「わたし目が合っちゃったわ!」


 小さな幼子のような声色がかすかに聞こえてくる。ティバルラ様の方を向いて「かれらは?」と尋ねた。


「かれらは精霊だ。私達を囲って見ているな。きっと外から来たお前が気になるのだろう」


 精霊。実際に見たことはなく、名前だけ聞いたことのある存在だ。でも、精霊がどんな存在だったかはイマイチわからない。砂と風の土地には精霊は見ないというか、たぶんほぼいない。


 目を細めて見つけようとするが、まったく見つからない。その様子を見ていたのかティバルラ様が「ふふ」と笑う。それを聞いた俺は思わず視線をティバルラ様に向ける。ティバルラ様は微笑んでいた。


「無害だから大丈夫だぞ。先に言っておけばよかったな。すまない」


 そう言われて怖がっていた自分を思い出して恥ずかしくなって思わず両手で顔を隠した。すると森から少し盛り上がった声が聞こえた。


「見た!? お顔真っ赤にしたわ!」

「耳まで真っ赤よ」

「ティバルラ、あの人を怒らせたのかしら」

「俺ぁそうじゃないと思うね。あれは恥ずかしがってんだ」

「……ティバルラは罪深い人ね」


 好き勝手言われて余計に恥ずかしい。


「は、はやく、向かいましょう」

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