第15話 預けるススラハ

「では、留守を任せる」

「どうぞご無事で」


 陽が昇りかけている最中、屋敷を出発する。はじめて馬に乗ることを事前に伝えておいたせいか、ティバルラ様との二人乗りになってどうも気恥ずかしい。ティバルラ様の体格のせいも相まって、俺が弟か子どものように見えているんじゃないかと思うと、余計に何も考えられなくなる。


「心配することはない。はとても頭がいいからお前を落とすことはないだろう」


よくよく考えてみると、二人乗りを許し、その上初対面の俺を乗せることを許可したって相当理解力のあるのではなんて思う。よほど信頼を築かれている関係なんだろう。いくつもの戦場を共に駆け抜けてきたからこそ、互いに信用し合える。加えて美しい毛並み。


「どうした。乗り心地が悪いか?」


 そう訊かれてはっと我に返る。


 はティバルラ様の言葉を理解しているのか、「なんだと? ではこれならどうだ」と言わんばかりに振動が伝わらないように歩いてくれた。乗り心地が段違いだった。そんな優しさに気づいて、なんて感情を抱いたんだろうと少し悔やむ。


 俺、に嫉妬して――羨望しているのか。それがわかって、そっと馬に触れる。


 優しき友、戦場の友、俺には座れない席。でもきっと、俺には俺の席がある。この感情を歪ませて抱きたくない。きっとこの感情はなかなか出会い感情だろうし。にも負けたくない、そう思うことだけは俺の自由だ。


 でも、こうして優しくしていただけるのは、やっぱり嬉しいことだ。感謝の意を込めて、に触れる。


「ありがとう、ございます」


 そう声にすると、馬は鼻を鳴らし、少し上機嫌になったようにゆったゆったと歩いた。その歩幅が俺には心地よくて、うとうとする。陽が昇る前からの準備で、今になってようやく緊張が解けたのか、少し眠くなってきた。


 目をぎゅっと強く瞑ったり、たまにふらふらと揺れていた首を横に振ってなんとか眠気と戦う。そんな俺の姿を見かねたティバルラ様が、わざと俺の背中がティバルラ様にくっつくようにわざと座り直した。


「私に身を預けるといい」

「いや、さすがにっ」


 そう言いながら慌てて背筋を伸ばす。けれど、ティバルラ様も譲らない。


「その方が私も楽だ」


 そう言われたら、そうするしかない。背中を預けて、ちらりとティバルラ様の表情を窺う。いつもと同じ仏頂面。でも少し穏やかな表情にも見える。ばちっと視線が合って、慌てて視線を前に戻す。顔に熱が溜まっていくのがわかる。


「少しでも眠れるときに眠れ」


 そう言われて、確かにとどこか納得できて、俺はお言葉に甘えて重かった瞼をゆっくりと下ろした。


「少しだけ……おやすみなさい……」

「ああ。おやすみ」


 ついに頭もティバルラ様に預ける。ティバルラ様がつけておられる香水がわずかに香って眠りを誘う。眠りに落ちるほんのわずかな時間、頭を撫でられた気がした。それはティバルラ様なのか、それとも風のいたずらなのか、俺にはわからなかった。

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