第13話 学ぶススラハ


 陽が落ちてくる前に、門前の掃き掃除を行う。それと一緒に作業長から受けた説明を思い出そうとする。でもイマイチわかっていないままの部分があったから、近くにいた門外の警備をする同僚を捕まえて訳を説明する。するとすぐに快諾してくれて、そのまま青空教室が始まった。


 騎士団とはラオドーラ国を守護するために集められた武装軍団である。騎士団の部隊は主に二種類ある。


 一つは隣国との国境の警備で、この役割は主に騎士領を封じる騎士が出向いているそうだ。


 もう一つが、ティバルラ様の所属する魔物討伐の役割だ。名前の通り、魔物を討伐対象とする部隊である。で、そのなかで最も特殊な役割を与えられているのがティバルラ様が率いるラフィリヤ騎士団だという。


 この時点でもう知らないことばかりで頭が混乱した。改めて、よく思い出す。


「たぶん、知らねえのはここからだな」


 ラフィリヤ騎士団はラオドーラ国外での討伐遠征をおこなっている。


「帰還されたと思ったらまたすぐに別のところに行かれるし、関係ないおれらにはわけわかんねーよな」

「長期遠征ばっかだなーと思ってたのは、これが理由か」

「そう。でも、最近の遠征は今までとは事情が違う」


 近頃、ラオドーラ国の山岳地帯の方に手強い魔物が現れ始めているという。山岳地帯と言えば、俺達の生活に関わる水源地だ。魔物に占拠されて手が出せなくなれば、死活問題になりかねない。 


「けれど問題がまたひとつ」


 騎士領を持つ騎士たちは、今の国境警備の役割で満足しているから、なかなか現場から離れたがらない。そして、国内の魔物退治に当てられていた騎士たちを差し向けたが、話にならなかった。


「そこで名乗り出たのが、アリシャラ公ってワケ」


 そこが、俺が一番理解できていないところだった。アリシャラ公の土地は砂と風が舞うこの土地よりももっと豊かな土地を封じておられるはずだ。なぜわざわざ他に貸し与えることが可能であるくらいに武力を、蓄えているのかがわからなかった。豊かであるならそも武力を持つ必要はあるのか。


 悶々と一人で考えていると、同僚から「聞いてるか?」と言う声が聞こえて、「あ、ああ」と返事程度に声を出す。


「で、選ばれたのが傭兵上がりの旦那様ってわけだ」

「へえー」





 陽が落ちてあたりが暗くなるころに、ティバルラ様はご帰宅された。作業長から「旦那様がお呼びよ」と命を受けて、ティバルラ様の部屋に向かう。ひさしぶりの顔合わせに、心臓がよく跳ねる。何を言われるんだろう。


 角を曲がって、ティバルラ様の主室につながる廊下に身体を向けると、ティバルラ様が部屋の前に立っていた。こちらにはまだ気づいていない。後ろに撫でつけている黒髪が、額に垂れている。傷ついた頬と、欠けた右耳がよく見える。


視線に気づかれて、ティバルラ様がこちらに顔を向けた。


「……ススラハ」


 名前を呼ばれて、慌てて小走りでティバルラ様のところへ向かい、返事をする。


 ティバルラ様は俺よりもかなり身長が高い。俺もそれなりに身長がある方だから、ぬっと上から見下ろされている感覚はあまり味わわない。だから余計に心臓が跳ね続ける。


 いつも背中を向けるティバルラ様の御顔に、見つめられている。眉間にしわは寄っていない。傷のある口元がゆっくりと開いていく。


「爪を、塗ってくれないか」

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