第9話 懺悔するふたり
ラフィリヤ騎士団は帰還予定日から四日経ったある日、負傷者を連れて帰還されるという情報を得た。街の人々の間でも噂になるほどのひどい負傷者の数だったらしい。
屋敷の使用人がその情報を仕入れたのは、他よりも一日早い三日目の昼過ぎだった。ティバルラ様からの伝書鳩の活躍により、俺達は前日から負傷者の手当ての準備に取り掛かることができた。ばたばたと廊下を走り回る音が何度も往復したり、手当てに必要なものの買い出しに行ったりと、とにかく使用人総出で前準備を進める。
「旦那様がご帰還だ。お出迎えするぞ」
どうやら、ティバルラ様がご帰宅したらしい。俺も他の使用人とともに出迎える。大門を開けると、そこには負傷者を数人抱えたティバルラ様の御姿があった。
「先に負傷者の手当てを」
「承知しました! 騎士団の皆さまを手当て部屋まで運ぶぞ!」
「重傷者は手当て部屋に、軽傷者または止血が施されている軽傷者は客間へ運べ!」
男の使用人たちが集まり、次々に負傷者たちに肩を貸して案内し始める。各部屋には手当て担当の使用人たちが既に待機しているため、そのまま治療を行う。
使用人たちはてきぱきと言われたことを実行する。一方で俺ははじめての光景だったから右往左往することしかできなくて情けないという気持ちになる。
「ススラハ」
ティバルラ様がふと俺を呼んだものだから、俺はティバルラ様に近寄った。
「どうかされましたか」
そう訊ねると、ティバルラ様はなにも言わずに廊下を歩き始めた。その後をついて行くと、ティバルラ様の主室にたどり着いた。それでようやくティバルラ様が振り返った。
「すまないが、手当てをしてくれないか」
そう言ったティバルラ様は、武具と防具をはずして右腕を露わにした。既に応急処置はされてはいる。俺は腕に巻かれた布をゆっくりと解いていく。はじめのほうはするするととれたが、血のシミが見えだしたあたりから布同士も血でくっついていた。ゆっくりと布を取っていく。ティバルラ様は眉ひとつ動かさず、じっと俺の行動を見守っていた。
無事に布を取り終えると、傷口が凝血していた。
「布の取り換えだけでいい」
「わかりました」
手当て担当から念のために渡されていた包帯を取り出して腕を圧迫しないように、丁寧に巻いていく。
「……馬が」
ティバルラ様が口を開いて、此度の遠征のことをぽつりぽつりと語り始めた。
「連れていた馬がはじめにやられたのは痛手だった。遠征は馬での移動に任せっきりだったから、そもそもの帰還予定が狂った」
俺はこれがティバルラ様の懺悔であることを知り、顔を上げるか迷った。
「それから、騎馬兵が歩兵になったぶん討伐対象の魔物の力が強く感じた。私は竜騎士でもあるから特に変わりはなかったが、とにかく総戦力が下がったのが痛かった」
包帯を巻き終えると、ティバルラ様は「助かった」と言った。ティバルラ様が腕を曲げた際に、その指を見る。俺がはじめて塗った塗爪。もう塗装がぼろぼろに剥がれて、つややかな肌色の爪が見えている。
「……お前の塗爪がなければ、騎士団が壊滅しただろう」
俺は、信用されていないことに勝手に落胆して、塗爪の加護を通してティバルラ様が前線で戦っていることをまったく考えようとしなくて。加護の痛みに悪態をつくことしかできなくて。
「感謝する」
求めていた言葉のはずなのに、素直に受け取ることすらできなくて。
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