第8話 不在のティバルラ
水を覗いて一晩経った頬の腫れを確認する。
「二度とあんなことさせるなよ」
頬を叩いてくれた同僚はそう言って様子を見に来てくれて水と朝食を自室に持ってきてくれた。他の人にバレたくないことを察してくれたのだろう。
「ごめんな」
そう言うことしかできない俺はまたへらっと笑みを浮かべそうになる。
「食器は持って来いよ」
「ああ。ありがとう」
ティバルラ様が所属するラフィリヤ騎士団は昨晩帰還予定だったが、帰ってこられなかった。どうも、遠征先の山のほうで珍しく大雨が降ったらしく、その影響だという噂だ。
「ごく稀にあるのよね。ちょっと心配よね」
朝食の食器を片付けに行くと、使用人間でもティバルラ様を心配する声が聞こえる。
遠くで何が起きてどうなってるのかすら知らない俺たちの不安は何年経っても変わることはない。けれどそれでもお互いの生活を続けるしかないのだ。大切な主人が無事に帰ってくると信じるほかない。明日への不安をかき消すための日々の生活だ。
俺もまた不安に苛まれていると、昨日よりかは弱い負荷を感じた。
「いっ……!」
他の痛みをかき消すように負荷に呑まれる。足早に自室に戻り、とにかく呼吸を整えるように何度も息を吐くことに集中する。息を吐けば必ず身体は呼吸を求めるからだ。
「はっ……は、はーっ……」
負荷の重さに思わず涙が出る。昨晩寝る前に負荷について改めて調べたことを思い出す。
塗爪による負荷は付与効果が働いているという証拠ではあるが、それとは別に負荷が加算されて特別大きな負荷を背負う場合がある。
それは対象者による塗爪師への赦しの問題だ。
対象者が塗爪への疑心や不安感などを抱えていたり、塗爪師との信頼関係がまだ構築されていない状態で塗爪を行ってしまうと、通常の倍の負荷が塗爪師にかかるという。
塗爪の塗装類は、塗爪師の力の貯蔵庫と対象者を直接繋ぐ
付与効果が対象者にかかりにくいと、塗爪が通常の倍の力を塗爪を経由して塗爪師から吸収したうえで、対象者に付与する。
「あんなこと言っておいて、結局は信用されてないってことか……」
歯を食いしばって、負荷に耐える。すっと身体が軽くなったような気がして、強張っていた身体から力が抜けて、自室の壁に寄りかかる。
呼吸を整えて、噴き出た汗を拭きとる。
たしかに体力が取り柄ですとは言ったが、はやいところ信用を勝ち取らないと俺の身が持たない。戦闘が中心になる討伐依頼が続いたら、戦場にいない俺が先に倒れる。それは塗爪師としてあるまじき行為だ。とにかく、塗爪による効果が発動しているんだから――
「とりあえず、ティバルラ様はご無事だ」
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