第2話 大丈夫なススラハ
まじまじと見られて、何度か頷かれる。
「――うん。きみならとりあえずは大丈夫そうだ」
ずっと欲しかった言葉だった。でも、そう言ってくれたのは雇い主ではなかった。雇い主はラフィリヤ騎士団の長らしいのだが、多忙のため代わりに団員の方が来られたらしい。
団員の方が勝手に騎士団長の塗爪師を決めていいのかなんて思ったが、さすがに口にはできなかった。俺が口出しできる立場ではないのは明らかだし。
すると、「じゃあ『
「新しい団長はなかなか気難しいけれど……まあ、よろしく頼むよ」
⁂
刺繡が入った服はすきだ。刺繡に包まれると安心できるから、前に進もうという気持ちになれる。今日から住み慣れた家を離れ、騎士団長の屋敷での住み込み生活が始まる。生活に必要なものはあちらで揃えてあると伝達があったから荷物は必要不可欠なものだけに調整した。
刺繡が大きく入った肩を撫でながら緊張をほぐし、騎士団長の住居に向かった。それまでの道のりで新生活への不安が一歩一歩生まれていく。
食事代や住み込み代が給与から引かれるのは当然として、部屋割りとかどうなっているんだろう。一人部屋が欲しいなんて贅沢はもちろん言うつもりはないけれど、俺身体でかいから、一緒の部屋になった人に窮屈な思いさせたら嫌だな。
そもそも住み込みって買い出しには同行できるのだろうか。俺の立場って使用人の内のひとり、でいいんだろうか。
塗爪に必要な塗装類は、おそらく騎士団で定められたものが配布されるだろうけれど、人によって合う合わないがあるだろうし――そもそも、塗爪師は女性がよかったとか言われたらどうしよう。まあ、塗爪師と言われて出てくるのは女性が一般的だろうけど、あからさまに肩落とされたら嫌だ。
悶々と考えながら歩いていると、すぐに街は過ぎていった。ハッと我に返って後ろを振り返る。
戦いを慎むべき節。この節は街が人で溢れている。魔物の討伐や隣国との国境に出向いていた騎士団をはじめ、傭兵や兵士たちが皆故郷に向けて帰ってくる。かれらのために、家で待ち続けた人々は自慢の料理に腕を振るう。あなたの帰りを待ちわびていました、と言うように。
街に賑わいが戻る再会の節。騎士団志望だった俺が塗爪師を志すきっかけになった決意の節でもある。それを思い出しながら俺はふたたび歩き出した。
小さな草原を抜けた先に日干しレンガで造られた住居が密集していた。おそらく騎士団員たちのための集合団地なのだろう。その中で白く高い塀によって内側を厳重に隔離されている場所があった。外観でどのような位の人が住んでいる方は一目瞭然だろうが、どんな使用人がいるかまではまったく見当もつかない。あたりには背の高い木々も生えていないから、内部を探るのは困難だろう。
ここまできたら、もう覚悟を決めるしかない。ドンドンと強めに門を叩いて声を張って挨拶をする。
「今日からお世話になりますススラハです」
しばらくの沈黙の後にギィと人ひとり入れるぶんだけ門がわずかに開いた。
「中庭を抜けたところにある真正面の居間で待っていてくれ。すぐに向かう」
機嫌がいいとは到底思えない声が門前に響く。愛想のなさそうな声色ではあったけれど、まだ会ったことのない俺を待たせないようにという気遣いから、きっと真面目な人であることは予測できた。
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